auf einem Konzert in Füssen / フュッセンの音楽会にて

その日は豪雨でした。
先日、青山学院大学のオーケストラがフュッセンにやってきました。

独日協会からのお誘いでチケットを頂きました。
曲目はワーグナー、モーツァルト、シベリウスで日本人のピアニストによる協奏曲もありました。
なぜシベリウスなのか、少し疑問ですが。
日本の「さくら」がよかった。
やっぱり日本の曲は情緒あふれていますね。
日本人だからなおさら感じるのかもしれませんが。

夜遅くになってしまったので、独日協会の会員さんのはからいでホテルに宿泊させていただきました。
会員さんはホテルのオーナーであり日本人ピアニストの旦那さんです。
なんでもフュッセンで一番大きなホテルだとか。

翌日、天気は良くなり朝ごはんもご馳走になりました。
昨日は豪雨だったのでレヒ川は濁流してました。

フュッセンの街を通り駅に向かいます。
平日なので通りに人影はわずかしかありません。

クレモナ展があったのですね、でも昨日で終了。行きたかった、、、。・゚・(ノД`)・゚・。

葉も色づき始めています。

もう季節は変わり秋になろうとしています。
かみつキッドも次のステップに移る準備をしなくては。

Die Aufführung mit japanischen “Freunde” in Ulm / ウルムでの友情音楽

ベートーベンの第九を聴きに行きました。

埼玉県川口市から数十名の日本人が参加されていました。
大震災後のまだ日本全体が不安定な中、日本で行われた第九演奏会のことは、以前にこのブログでも取り上げました。その音楽を通じて国を越えた温かい気持ちにはとても感動しました。
http://pakkurikamitsukid.wordpress.com/2012/01/08/jetzt-erst-recht-ein-kleines-konzert-in-japan/
 
今回は、反対に川口市の合唱団の方がウルムで第九を演奏するというものでした。
会場はプロテスタントのきれいで立派な教会でした。
大きなパイプオルガンに窓にはきれいなステンドグラスがありました。



  
お客さんはざっと500人くらいでしょうか。
オケピットは第九にしてはこじんまりしているようにも見えました。

 
第九の前に「コリオラン」がありました。
かみつキッドも2年ほど前にドイツで演奏した思い出の曲です。
 
ヨーロッパの教会はやっぱり音の響きが良い。
三楽章はやっぱり美しい。
合唱のテノールが大きな声だった。
ソプラノのソリストがきれいだった。 

体を揺らしリズムに乗るお客さんも見てると気持ちが良い。
お気に入りの旋律を口ずさむ隣のおばさんも良い。
ダメ出しをぶつぶつ言う後ろのおじさんも良い。

最後のパーカッションには少しハラハラさせられましたが、演奏会は無事に終わり、スタンディングオーベーションで幕を閉じました。
一生懸命に演奏されている(歌われている)方々を見て本当に感動しました。
マイヤーさんの指揮は分かりやすく、指揮をしながら笑顔で一緒に歌われている横顔を見て本当に感動しました。
やっぱり音楽はいい。オーケストラはいい。
今度は自分も第九を演奏したいと思いました。
 
すばらしい1日でした。どうもありがとうございます。
 

 

Frühlingsfest 2012 in Augsburg

2012年も恒例のアウクスブルク・シュバーベン独日協会主催の「日本春祭り」が開催されました。
 

 
俳句、生花、書道、折り紙、日本料理、武道、着物試着、餅つき、日本酒、尺八演奏、指圧、太鼓演奏、浮世絵紹介などなど、挙げればきりがないほど日本文化が味わえるお祭りです。
天気は前日の雨も通り過ぎ、晴れ間も見える良い日になりました。
しかしとても寒かった。
例年にも増し約6000人の来場者があったそうです。
 
今年は私も一応スタッフとして参加しました。
私の故郷でもある滋賀県を紹介するブースを担当しました。
毎年されている方が今年はお休みなので代役として不慣れながらも頑張りました。

 
1959年以来、バイエルン州アウクスブルク市と滋賀県長浜市は姉妹都市として交流しています。
その始まりはあのディーゼルエンジンの開発、ヤンマー創始者の山岡さんの功績からです。
それ以来、毎年のようにお互いに有志の使節団を派遣し文化交流を行ってきました。
しかし、東京や京都に比べて滋賀県はまだあまり知られていないようです。
まだ認知度が高いとは言い難い滋賀県ですが、山に囲まれ自然が多いこと、日本一大きな湖があることを伝えると、その魅力に共感する来場者は多くいました。
また、子供たちが信楽焼きのタヌキやひこにゃんのぬいぐるみに興味を惹かれる場面が多く見られました。
延暦寺のような伝統ある寺社があることや冬にはスキーができる山が近くにあることなど、大人たちも興味を示していました。
ちなみに、会場では毎年日本のお土産を販売するコーナーがあるのですが、今年は滋賀県の特産でもある扇子やお箸が一番人気でした。あと、コマや竹とんぼなど簡単に遊べる小さな遊び道具なども人気がありました。
 
インターネットの普及や国際競争力を増す航空会社により外国は色んな意味で近い存在になってきています。
日本のような島国でさえも確実に国を越えての交流が増えていっています。
これからも外国の文化や外国語はより身近なものになると思います。
アウクスブルク市と長浜市のようにより良い国際交流が続けばいいですね。
  
Die Initiative zu der beiderseitigen Partnerschaft ging von japanischer Seite aus. Magokichi Yamaoka, der damalige Firmenchef der japanischen Yanmar-Diesel-Werke, hatte als junger Student in München gelebt und dabei auch die Spuren Rudolf Diesels verfolgt. Nach dem Kriege stiftete er daher zum Gedenken an Rudolf Diesel den japanischen Gedächtnishain im Wittelsbacher Park und wandte zugleich seinen ganzen persönlichen und politischen Einfluß auf, um die beiden japanischen Städte Amagasaki und Nagahama, in denen sich Produktionsstätten der Yanmar-Diesel-Werke befanden, zu offiziellen Partnerstädten Augsburgs zu machen. 1959 wurde der Freundschaftsbund geschlossen, der zugleich der erste deutsch-japanische Schwesternstadtbund war.

Nagahama
liegt im Nordosten der Shiga-Präfektur, etwa in der Mitte Japans. Die Stadt steht auf einer Alluvial-Ebene, die vom in den nahen Bergen entspringenden Anegawa-Fluß gebildet wird. Eine abwechslungsreiche Umgebung durch Fluß-, Berg- und Seelandschaft zeichnet die Stadt aus, die zu jeder Jahreszeit ihre besonderen Reize hat. Die Entfernung zu den Großstädten Osaka, Nagoya und Kyoto beträgt nur etwa eine Zugstunde.
 
Nagahama, seit 1943 selbständige Stadt mit rund 55 000 Einwohnern, liegt am Biwa-See, dem größten See in Japan. Die Stadt ist Zentrum der Textil- Maschinenbau- und Chemieindustrie und hat unter anderem ein Zweigwerk der Yanmar Diesel Engines. Magokichi Yamaoka, der Firmengründer und Förderer der Städtepartnerschaften, stammt aus dem Gebiet um Nagahama.
 
Dank des fruchtbaren Ackerlandes und dem Schiffsverkehr auf dem Biwa-See war Nagahama schon im 5. Jahrhundert nach Christi eine kulturelle und wirtschaftliche Zentrale im Kohoku-Gebiet, dem nördlichen Teil am Biwa-See. Seit Hideoshi Toyotomi, dem ersten Herrscher über ganz Japan, hat sich Nagahama wegen der geographisch günstigen Lage zu einer Handelsstadt entwickelt. 1575 errichtete er hier eine Burg. Sie wurde 1615 zerstört, 1983 jedoch stilgetreu wieder aufgebaut und beherbergt heute ein historisches Museum.
 
Alljährlich im April findet in Nagahama eines der drei größten japanischen Schmuckwagen-Paradefeste statt. Das Hikiyama-Fest hat eine lange Tradition. Zu den Höhepunkten gehört das Kinder-Kabuki-Theater.
 
Nagahama ist reich an Sehenswürdigkeiten, wie herrlichen Tempeln und Gärten aus dem 16./17. Jahrhundert. Zu den Attraktionen zählt auch das historische Bahnhofsgebäude. Moderne Architektur, großzügige Promenaden und Parks prägen das Stadtbild. Die Aufgeschlossenheit der Bürger von Nagahama spiegelt sich in der großzügigen Stadtplanung und zahlreichen urbanen Einrichtungen.
 
Quelle:Stadt Augsburg HP(http://www.augsburg.de/index.php?id=233)