“Jetzt erst recht” Ein kleines Konzert in Japan

2011年8月20日のSüdwest Presseという新聞にこの記事がありました。
 
http://www.swp.de/ulm/lokales/ulm_neu_ulm/Zeichen-setzen-mit-Musik;art4329,1081796,A

 
タイトルはこうです。
「Zeichen setzen – mit Musik」
比喩的表現で少しわかりづらいですが、かみつキッドが訳すとこれです。
「音楽にのせて」
このタイトルがなにを表現しているのかは本文を読んでください。
※本文の内容はかみつキッド風に翻訳されています。

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Natürlich war am Anfang die Verunsicherung groß.Fliegen wir? Fliegen wir nicht? Doch der Ulmer Musiker Hartmut Premendra Mayer ist kein Mann der vorschnellen Entschlüsse. Abwarten hieß seine Devise, ruhig abwarten. Alles war perfekt vorbereitet gewesen für die zweiwöchige Konzertreise Ende Juli nach Japan: die Reiseroute, die Unterkünfte, die Freizeit, die jeweils drei Probentage in Kawaguchi und Inuyama und die beiden Schlusskonzerte. “Am nördlichen Rand von Tokyo” liege Kawaguchi mit seinen 550 000 Einwohnern, die mit rund 75 000 Einwohnern eher kleine Stadt Inuyama liege “nahe Nagoya”, hieß es in der Ausschreibung. Mehr geografische Details waren nicht nötig. Bis zum 10. März, dem letzten Anmeldetag, hatten sich 45 versierte Amateurmusiker und einige Profis zwischen 16 und 65 Jahren aus dem süddeutschen Raum angemeldet. Es hätte losgehen können.
 
もちろん始めは大きな戸惑いがあった。飛ぶのか?飛ばないのか?だが、ウルムの音楽家、ハルトムート・フレメンドラ・マイヤーは軽率な決断はしない。彼のモットーは静かに待つということ。日本での2週間あるコンサートツアーの準備は完璧だった。埼玉県川口市と愛知県犬山市での公演のこと。東京の北に位置する川口市は55万人、犬山市は7,5万人の名古屋の近くに位置する小さな街。多くの地理的な情報は必要なかった。3月10日までには、16~65歳の45人のアマチュアと何人かのプロが参加を申し込んでいた。もうできるはずだった。
 
Dann kam der 11. März – und mit ihm die Nachricht von der Reaktorkatastrophe bei Fukushima. Was ist dagegen eine Reise, die vermutlich abgesagt werden muss, eine Vorfreude, die sich nicht erfüllt? Mit jedem Tag wuchs das Entsetzen, mit jedem Bericht über die unwägbare Strahlenbelastung schrumpfte die Teilnehmerzahl. Plötzlich erhielten die Kilometer zwischen Kawaguchi und dem den meisten zuvor unbekannten Fukushima eine – im Wortsinn – unheimliche Bedeutung. Knapp 300 sind es, von Inuyama noch 200 Kilometer mehr, aber was sagt das schon. Von den 45 Musikern sprangen 39 ab. Mayer konnte es “total verstehen”, wie er sagt.
 
3月11日になり彼のもとに福島の原子炉事故のニュースがはいる。ツアーの中止より悲しみはたくさんある。その衝撃が増すにつれ、参加者の数も減っていった。あまり知られていなかった福島と川口市との間の距離感は恐ろしさを含んでいた。それはかろうじて300キロの範囲にあり、犬山市からだとさらに200キロ離れていたが、そこに意味はあるのか。45人中39人はキャンセルした。彼は”仕方がない”と言った。
 
Er selbst hatte sich nach mehreren Gesprächen mit Experten anders entschieden, und mit ihm ein Häuflein Geiger und Bratscher. Jetzt erst recht, sagten sich Franz Scheuerle aus Rot an der Rot, Ulrike Soulier aus Erbach, Christian Romanitan aus Laupheim, Ekbert und Christiane Hering aus Heubach, Karin Saleina aus München und Megumu Rommel, die Reiseorganisatorin aus Laupheim. Jetzt die Japaner nicht mit einer Absage enttäuschen in ihrer verzweifelten Lage, nicht nur aus der sicheren Ferne mitfühlen, sondern mitten unter ihnen. Kurz: Sie wollten ein Zeichen setzen. In Japan angekommen, merkten sie, wie sehr sich ihre Gastgeber darüber freuten. Auf die kleine Gruppe warteten in Kawaguchi und Inuyama mehr als 400 bestens vorbereitete Orchestermusiker und Chorsänger, die jedem Wink des deutschen Dirigenten mit Feuereifer folgten. Die beiden Konzerte mit Beethovens Neunter, die sich der Bürgermeister von Kawaguchi für sein Internationales Kulturaustauschfestival gewünscht hatte, wurden mit 2000 und 1000 Zuhörern überwältigende Erfolge. Hauptthema bei vielen Gesprächen: die Atomkraftwerke. “Wie schafft ihr es, eure Politiker dahin zu bringen, die AKWs abzuschalten”, wurde Mayer immer wieder und vor allem von engagierten Frauen gefragt. Unüberhörbar, wie schwer beschädigt das Vertrauen der Japaner in die Regierung und die Atomindustrie ist.
 
だが、彼自身は専門家と話した上で、数人のバイオリストと共に違う決断した。今だからこそやるべきだ。中止にして日本の人々をがっかりさせたくない。日本に着いたときにどれほどの人々が喜んでいたか、そのことで気づいた。川口市と犬山市でこの小さなグループを待っていたのは、400人以上の熱心なオーケストラと合唱団だった。川口市長が国際文化交流フェスティバルで希望していた第九は、川口市では2000人、犬山市では1000人もの観客が入り大成功した。ツアー中の多くの会話は原発についてだった。”どうやってドイツの政治家に原発をやめさせることができたのか”と一生懸命な女性たちに聞かれた。日本人が政治家と原子力産業への信用を失くしたことがわかった。
 
“Die Katastrophe ist allgegenwärtig”, sagt Mayer, auch wenn die deutschen Musiker keine konkreten Auswirkungen des folgenschweren Erdbebens sahen. Die Energiesparmaßnahmen, unter denen die Japaner klaglos leiden, bekamen sie nur in Form schwächer gestellter Klimaanlagen zu spüren: “Bei 35 Grad tropischer Hitze brauchte ich an einem Probentag vier bis fünf T-Shirts”, sagt der Dirigent. Im Vergleich zu 2010, als er mit seinem “Cellophoniker”-Ensemble schon einmal in Kawaguchi musizierte, hatte er den Eindruck, dass die Straßen früher dunkel wurden und weniger belebt waren, das Kulturleben reduzierter war. Statt japanischen Sprudels trank er Evian-Mineralwasser und verzichtete auf frisches Gemüse vom Markt. Auf der Regierungswebsite hätte er tagtäglich die ungefährlichen Strahlenwerte für die Präfektur Saitama abrufen können. “Aber kann man es glauben?” Dennoch habe er während des gesamten Aufenthalts keinerlei Bedrohungsgefühle gehabt.
 
ドイツの音楽家たちは具体的に地震の傷跡を見なかったが、”どこにでも災害の影響はある”と彼は言う。とられた省エネ対策はエアコンの節約だけだった。35℃の暑さで練習日には4,5枚のTシャツが必要だった。2010年にも川口市に演奏会をしに訪れているが、その時よりも通りは早く暗くなり、あまり賑やかではなかった。都市の日本人はミネラルウォーターを飲み、市場の新鮮な野菜をやめた。埼玉県のウェブサイトで毎日、放射能のチェックをした。”だがそれを信じていいのか”それでも彼は滞在中、少しも怖い気持ちにはならなかった。
 
Emotional aber habe ihn vieles heftig angegriffen, erzählt der Musiker. Ein Freund, den er während der freien Tage in Kyoto besuchte und der sich für die Hilfe im Norden Japans engagiert, zeigte ihm ein Privatvideo von der Katastrophe und ihren Folgen. “Wir in Europa vergessen so schnell, dass viele Menschen alles verloren haben durch den Tsunami, dass viele Kinder zu Waisen wurden, viele Schulen zerstört sind”, sagt Mayer. Der Freund erzählte auch von der Schichtarbeit, die seine Firma wegen der verringerten Energieversorgung eingeführt hat, auch am Wochenende. Der 11. März hat den Alltag der Japaner, selbst einige hundert Kilometer von Fukushima entfernt, verändert.
 
精神的に衝撃を受けた、と彼は語る。休日、京都を訪れたとき友人が彼に震災の個人的なビデオを見せた。津波によりたくさんの人が亡くなられたこと、たくさんの子供が孤独になっていること、ヨーロッパでは早くに忘れられている。友人はまた彼の会社でも交代勤務や週末勤務もしていると語った。3月11日の出来事は、福島から何百キロも離れている日本人の日常生活も変えてしまった。
 
Und doch: Nirgends ist Mayer auf Klagen, Jammern oder Selbstmitleid gestoßen. Er bewundert diese “Disziplinkultur” der Japaner. Aber: “Über allem liegt eine Traurigkeit. Keine Depression, die lähmt, aber eben diese große Traurigkeit. In dieser Situation ,Freude schöner Götterfunken und ,Alle Menschen werden Brüder zu singen, das war . . . das war . . .” – Hartmut Premendra Mayer findet dafür keine Worte. Wozu auch. In Kawaguchi und Inuyama hat die Musik gesprochen. Und alles gesagt.
 
マイヤーは日本人が泣き言を言うのを見たことがない。彼はこの日本人の”秩序文化”に憧れている。どこにでも悲しみがある。この状況で”Freude schöner Götterfunken” と ”Alle Menschen werden Brüder” と歌うことは、言葉にできないものがある。言葉にする必要はない。川口市と犬山市では音楽が話したのだから。全てを言ったのだから。
 
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2011年の夏にこんな演奏会があったなんて知りませんでした。
この未曾有の震災は言葉では言い表せられないものがあります。
海外の人との会話でも、災害に必死に立ち向かう日本人の評価は大変高いように感じます。
3月11日の出来事は日本だけではなく世界にも大きな影響を与えています。
 
時には音楽は言葉を越えて想いが伝わるものです。
かみつキッドも心からそう思っています。
 
この川口市と犬山市の公演はぜひ聴いてみたいと思いました。
 

8 thoughts on ““Jetzt erst recht” Ein kleines Konzert in Japan

  1. Googleで探し物をしていて偶然このブログにたどり着きました。わたしはウルム近郊に在住している文化交流のコーディネイターをしています。この演奏旅行のための実際の手配をしたのはわたしです。大変な心労でした。しかし、結果的には本当に決行してよかったと思っています。
    5月にこのときに川口で一緒に演奏した合唱団がウルムを訪問してくださいます。そこでドイツの第九のために特別に結成するプロジェクトオーケストラと共に第九を演奏する予定にしています。指揮者はもちろんマイヤー氏、夏に日本へ一緒に行った6人の弦楽器奏者達も参加します。実はこの記事を見て、思わずコメントしているために、かみつキッズ様のほかの記事を読んでいないのですが、これを投稿してからぜひ読ませていただきたいと思います。このコンサートのことを記事にしてくださってありがとうございます。このツアーのためにあまりに苦労したために、無事に終わったあと、燃え尽き症候群になり、胃を壊し、寝込みましたが、いろいろな方々の協力によって決行でき、独日のつながりが更に少しだけ強くなったことは誇りに思っています。
    今後もよろしくお願いします。

  2. Megumu Rommel さま
    コメントを頂きましてどうもありがとうございます。
    震災の影響が大きいなか大変ご苦労されたことだと思います。
    この記事を知ったときマイヤーさんたちの決断に少し驚きましたが、素直に感動しました。
    音楽は本当に人と人をつなげてくれるのですね。
    自分も素人ながらバイオリンをやっていてよかったなと思いました。
    またウルムでコンサートがあるのですね。
    ウルムはプライベートでもよく訪れる街です。
    また5月からドイツにいる予定なので、都合が合えばぜひ見に行きたいと思います。
    楽しみです。ありがとうございます。
    ちなみに、
    私は林業と環境科学を専攻する日本の大学院生です。
    ドイツには2年前の交換留学を皮切りにアウクスブルクを中心に活動しています。
    現在はドイツの林業について学んでいます。
    もちろんドイツ語も勉強中です。
    このブログは私のメモや備忘録でもあり面白くないテーマもあると思いますが、林業・環境・音楽・登山など自分が興味を持っている分野で少しでも役に立てたらと考えています。ですので今回のようにコメントを頂けると大変励みになります。またそういった出会いは貴重でありがたいものですね。

    かみつキッド

  3. ウルムについてのgoogle検索中にこのブログにたどり着きました。
    私は5月18日に出発、20日にウルム市にてマイヤーさんの指揮で第九を歌う予定の川口の合唱団の一員です。
    昨年、あの震災があったにもかかわらず、7人のサムライが来日してくれました。
    来日予定の多くの方がキャンセルし、川口での開催が危ぶまれましたが、地元市民オーケストラの参加で立派な演奏会が開催されました。
    日本ではゴールデンウイーク後の時期でもあり、今回のウルム演奏会参加者は、特に男性はリタイア組がほとんどで、音楽的な技量についてもかなり危なっかしいのが不安ですが、楽譜のオタマジャクシは万国共通、地元の合唱団と「神の柔らかな翼の下ですべての人々は皆兄弟になる」と、高らかにうたってくるつもりです。

    演奏会の後は、ウイーンの学友協会(館長が川口を訪れてくれました)の見学や、ウイーン、プラハでのオペラ鑑賞等も計画されています。
    楽しんで、そして一生懸命歌い、国際交流してきたいと思っています。

    1. 大工の頑爺さま

      コメント頂きましてどうもありがとうございます。
      私もこの記事を見て大変感動しました。
      この件に関してコーディネートされたというMegumu Rommelさんからもコメントを頂きましたが、昨年のイベントは大変なご苦労があったようですね。
      それにも関わらず無事に演奏会を終えられたということは本当に素晴らしいことだと思います。
      国際文化交流の醍醐味はこのような機会に見えるものかも知れませんね。

      今回、今度はウルムで演奏会が開催されるとのこと。
      ウルムと川口の盛んな国際交流に私も元気をいただけます。
      私はアウクスブルクに住んでいますが、おそらくその日はウルムへ聴きに伺うことができません。
      以前から気にしていたことなので非常に残念ですが、次回を楽しみにしたいと思います。
      私も音楽を少ししているので、オペラ鑑賞も羨ましい限りです。
      演奏会後の滞在も存分にヨーロッパを味わい楽しんでくだされたら、と思います。

      1. 大工の頑爺 さま
        Megumu Rommel さま

        20日のウルムでの公演、ぜひ聴きに伺いたいと思います。
        会場でお会いできるか分かりませんが、どこからか成功をお祈りしています。
        大きな教会での第九は本当に楽しみです。
        楽しんで頑張ってください。

  4. kamitsukidさま

    本日、ウルムに向けて出発いたします。
    お忙しいところ演奏会においでいただけるとのこと、ありがとうございます。
    できればお会いしたいですね。

    今回の新聞記事は、昨年来日いただいたマイヤーさん初め皆さんの思いを知ることができて、本当にうれしかったです。
    私どものツアーリーダーに知らせたところ、感動的な記事で、出発を前に、改めてやる気が湧いてきました。プリントして参加者に配ります、とのことです。
    kamitsukidさまには改めて感謝いたします。

    では

  5. ロンメルです。ありがとうございます。わたしのブログに今回のプロジェクトのわたしなりのテーマを書きました。いろいろな小さな「かけはし」になるプロジェクトになれば良いと願っています。

    さて、20日はオーケストラは12時から、コーラスは14時からウルムのPaulus教会で練習しています。

    お会いするのを楽しみにしています。

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