auf einem Konzert in Füssen / フュッセンの音楽会にて

その日は豪雨でした。
先日、青山学院大学のオーケストラがフュッセンにやってきました。

独日協会からのお誘いでチケットを頂きました。
曲目はワーグナー、モーツァルト、シベリウスで日本人のピアニストによる協奏曲もありました。
なぜシベリウスなのか、少し疑問ですが。
日本の「さくら」がよかった。
やっぱり日本の曲は情緒あふれていますね。
日本人だからなおさら感じるのかもしれませんが。

夜遅くになってしまったので、独日協会の会員さんのはからいでホテルに宿泊させていただきました。
会員さんはホテルのオーナーであり日本人ピアニストの旦那さんです。
なんでもフュッセンで一番大きなホテルだとか。

翌日、天気は良くなり朝ごはんもご馳走になりました。
昨日は豪雨だったのでレヒ川は濁流してました。

フュッセンの街を通り駅に向かいます。
平日なので通りに人影はわずかしかありません。

クレモナ展があったのですね、でも昨日で終了。行きたかった、、、。・゚・(ノД`)・゚・。

葉も色づき始めています。

もう季節は変わり秋になろうとしています。
かみつキッドも次のステップに移る準備をしなくては。

Der Bozner Markt: Historischer Handels- und Handwerkermarkt 2012 in Mittenwald / ミッテンバルトの中世祭りにて

今週のなんちゃって登山はバイオリンの街、ミッテンバルトに行ってきました。
 

 
5年に一度開催されるボッツナーマルクトに行きました。
1487年、イタリアのボルツァーノからベネチアの商人たちがこの街で市を開いたことが始まりだといわれています。
お祭り自体は1987年から始まっていて、525年目となる今年は5度目の開催になります。
お祭りでは楽器だけではなく、ガラス細工や石細工のマイスターたちが店先にたちその磨かれた技を披露しています。
まさにミッテンバルトは職人の街です。
すごく賑わっているだけに5年に一度というのが残念です。
いやー、楽しかった。興奮した。
2017年にも必ず訪れてみたいものです。
 

Die Aufführung mit japanischen “Freunde” in Ulm / ウルムでの友情音楽

ベートーベンの第九を聴きに行きました。

埼玉県川口市から数十名の日本人が参加されていました。
大震災後のまだ日本全体が不安定な中、日本で行われた第九演奏会のことは、以前にこのブログでも取り上げました。その音楽を通じて国を越えた温かい気持ちにはとても感動しました。
http://pakkurikamitsukid.wordpress.com/2012/01/08/jetzt-erst-recht-ein-kleines-konzert-in-japan/
 
今回は、反対に川口市の合唱団の方がウルムで第九を演奏するというものでした。
会場はプロテスタントのきれいで立派な教会でした。
大きなパイプオルガンに窓にはきれいなステンドグラスがありました。



  
お客さんはざっと500人くらいでしょうか。
オケピットは第九にしてはこじんまりしているようにも見えました。

 
第九の前に「コリオラン」がありました。
かみつキッドも2年ほど前にドイツで演奏した思い出の曲です。
 
ヨーロッパの教会はやっぱり音の響きが良い。
三楽章はやっぱり美しい。
合唱のテノールが大きな声だった。
ソプラノのソリストがきれいだった。 

体を揺らしリズムに乗るお客さんも見てると気持ちが良い。
お気に入りの旋律を口ずさむ隣のおばさんも良い。
ダメ出しをぶつぶつ言う後ろのおじさんも良い。

最後のパーカッションには少しハラハラさせられましたが、演奏会は無事に終わり、スタンディングオーベーションで幕を閉じました。
一生懸命に演奏されている(歌われている)方々を見て本当に感動しました。
マイヤーさんの指揮は分かりやすく、指揮をしながら笑顔で一緒に歌われている横顔を見て本当に感動しました。
やっぱり音楽はいい。オーケストラはいい。
今度は自分も第九を演奏したいと思いました。
 
すばらしい1日でした。どうもありがとうございます。
 

 

den Dank in Musik setzen

先月の話になりますが。
山岳協会会長の送別会をミュンヘンでしました。
山岳協会第二章ですね。(勝手に)
ちらし寿司やハンバーグなど日本でもおなじみの料理がたーーーんと並びました。
 

 

  

 

 
かみつキッドもバイオリンをもって送ります。
 

 
プロのピアニストさんともアンサンブルしました。
いやこんな素人と演奏していただけるなんてもったいない。
 

 
バイオリンの演奏はイマイチでしたが、みんな喜んでもらえたようでかみつキッドもうれしく思います。
こうゆう喜びがあるから音楽はやめられませんね。
もっと腕を磨いてたくさんの喜びを分かち合おう。
 
会長、これからもよろしくお願いします。
 

【文献】林業と環境-第2章10節 森林の文化的機能

 人に対して森がもっている作用は収穫機能や保全機能、休養機能だけではありません。森林と国民性や国民の民族的特色の間には密接な関係があるのです。ハーゼルさんによると、平地地帯の交易の多い地方の住民は、軽快・開放的・饒舌で商才があるが、森林の多い山岳地帯の住民は忍耐強く、独立的・無口・無欲で沈思する傾向があるそうです。 
 
 森林と国民性の関係は Wilhelm Heinrich Riehl によって100年以上前に研究され、彼の名著「Land und Leute (土地と人)」に記されています。
 
 森林家は、経済的理由から森林の維持を図ろうとするが、社会政策的理由による森林の維持も重要である。森林を根絶すると歴史的な市民社会は崩壊する。原野と森林のコントラストをなくすことはドイツ民族から生活要素を奪うことである。人間はパンだけでは生きていけない。われわれは仮に木材を必要としなくなったとしても、森林を必要とするであろう。肉体を温めるための木材をもはや必要としなくなっても、精神を温めるための森林の緑の活力と生長力の中になるものがますます必要となる。国民生活の脈動を暖かくそして、楽しく打ち続けさせるために森林を維持しなければならない。
 
 Hornsmann (1958) さんは言語、習慣、童話、伝説、歌曲、建築、絵画、詩、音楽に及ぼす森林の影響を指摘しました。姓名の中にも森林に関係のあるものがあります。Blatt、Zweig、Baumがそれ。多くの民話、例えばヘンゼルとグレーテル、赤ズキン、白雪姫、は野生動物や魔女の住む大きな暗い森林のなかでストーリーが展開します。
 
 偉大な音楽は自然と風景の数々の印象を再現しています。例えば、ハイドンのオラトリオ「四季」、ベートーベンのシンフォニー6番「田園」、ブラームスのシンフォニー2番、”Parsifal”の第3幕の Karfreitagszauber、さらに、ブルックナーやマーラーのシンフォニーとシュトラウスのアルプスシンフォニーが挙げられます。特にロマン派には、ウェーバーが”魔弾の射手”と”Euryanthe”で森林での体験を表現しています。シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンの歌には森林の空気が息づいている。
   
これらの作品には、ドイツ人がいかに森林に愛着をもっているか、そして森林がドイツ人の故郷であり、力の源泉であることを言葉以上に的確に表現している。
 

Europakonzert 2010 am Sontag morgen

日曜の朝。
なにげにテレビをつけてみると、ベルリンフィルのコンサートをしていました。
2010年にオックスフォードで演奏されたヨーロッパコンサート2010の録画でした。
指揮者Barenboimさんに、コンマスがあの樫本さんでした。
 

 
かみつキッドが見たのはブラームスの1番だけでしたが、感動した。
2楽章のソロよかった。
いやー、ホント興奮した。
DVDを手に入れてもう一度見たいと思いました。
 
あれ、今日なにをしようとしてたんだっけ??
 

“Jetzt erst recht” Ein kleines Konzert in Japan

2011年8月20日のSüdwest Presseという新聞にこの記事がありました。
 
http://www.swp.de/ulm/lokales/ulm_neu_ulm/Zeichen-setzen-mit-Musik;art4329,1081796,A

 
タイトルはこうです。
「Zeichen setzen – mit Musik」
比喩的表現で少しわかりづらいですが、かみつキッドが訳すとこれです。
「音楽にのせて」
このタイトルがなにを表現しているのかは本文を読んでください。
※本文の内容はかみつキッド風に翻訳されています。

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Natürlich war am Anfang die Verunsicherung groß.Fliegen wir? Fliegen wir nicht? Doch der Ulmer Musiker Hartmut Premendra Mayer ist kein Mann der vorschnellen Entschlüsse. Abwarten hieß seine Devise, ruhig abwarten. Alles war perfekt vorbereitet gewesen für die zweiwöchige Konzertreise Ende Juli nach Japan: die Reiseroute, die Unterkünfte, die Freizeit, die jeweils drei Probentage in Kawaguchi und Inuyama und die beiden Schlusskonzerte. “Am nördlichen Rand von Tokyo” liege Kawaguchi mit seinen 550 000 Einwohnern, die mit rund 75 000 Einwohnern eher kleine Stadt Inuyama liege “nahe Nagoya”, hieß es in der Ausschreibung. Mehr geografische Details waren nicht nötig. Bis zum 10. März, dem letzten Anmeldetag, hatten sich 45 versierte Amateurmusiker und einige Profis zwischen 16 und 65 Jahren aus dem süddeutschen Raum angemeldet. Es hätte losgehen können.
 
もちろん始めは大きな戸惑いがあった。飛ぶのか?飛ばないのか?だが、ウルムの音楽家、ハルトムート・フレメンドラ・マイヤーは軽率な決断はしない。彼のモットーは静かに待つということ。日本での2週間あるコンサートツアーの準備は完璧だった。埼玉県川口市と愛知県犬山市での公演のこと。東京の北に位置する川口市は55万人、犬山市は7,5万人の名古屋の近くに位置する小さな街。多くの地理的な情報は必要なかった。3月10日までには、16~65歳の45人のアマチュアと何人かのプロが参加を申し込んでいた。もうできるはずだった。
 
Dann kam der 11. März – und mit ihm die Nachricht von der Reaktorkatastrophe bei Fukushima. Was ist dagegen eine Reise, die vermutlich abgesagt werden muss, eine Vorfreude, die sich nicht erfüllt? Mit jedem Tag wuchs das Entsetzen, mit jedem Bericht über die unwägbare Strahlenbelastung schrumpfte die Teilnehmerzahl. Plötzlich erhielten die Kilometer zwischen Kawaguchi und dem den meisten zuvor unbekannten Fukushima eine – im Wortsinn – unheimliche Bedeutung. Knapp 300 sind es, von Inuyama noch 200 Kilometer mehr, aber was sagt das schon. Von den 45 Musikern sprangen 39 ab. Mayer konnte es “total verstehen”, wie er sagt.
 
3月11日になり彼のもとに福島の原子炉事故のニュースがはいる。ツアーの中止より悲しみはたくさんある。その衝撃が増すにつれ、参加者の数も減っていった。あまり知られていなかった福島と川口市との間の距離感は恐ろしさを含んでいた。それはかろうじて300キロの範囲にあり、犬山市からだとさらに200キロ離れていたが、そこに意味はあるのか。45人中39人はキャンセルした。彼は”仕方がない”と言った。
 
Er selbst hatte sich nach mehreren Gesprächen mit Experten anders entschieden, und mit ihm ein Häuflein Geiger und Bratscher. Jetzt erst recht, sagten sich Franz Scheuerle aus Rot an der Rot, Ulrike Soulier aus Erbach, Christian Romanitan aus Laupheim, Ekbert und Christiane Hering aus Heubach, Karin Saleina aus München und Megumu Rommel, die Reiseorganisatorin aus Laupheim. Jetzt die Japaner nicht mit einer Absage enttäuschen in ihrer verzweifelten Lage, nicht nur aus der sicheren Ferne mitfühlen, sondern mitten unter ihnen. Kurz: Sie wollten ein Zeichen setzen. In Japan angekommen, merkten sie, wie sehr sich ihre Gastgeber darüber freuten. Auf die kleine Gruppe warteten in Kawaguchi und Inuyama mehr als 400 bestens vorbereitete Orchestermusiker und Chorsänger, die jedem Wink des deutschen Dirigenten mit Feuereifer folgten. Die beiden Konzerte mit Beethovens Neunter, die sich der Bürgermeister von Kawaguchi für sein Internationales Kulturaustauschfestival gewünscht hatte, wurden mit 2000 und 1000 Zuhörern überwältigende Erfolge. Hauptthema bei vielen Gesprächen: die Atomkraftwerke. “Wie schafft ihr es, eure Politiker dahin zu bringen, die AKWs abzuschalten”, wurde Mayer immer wieder und vor allem von engagierten Frauen gefragt. Unüberhörbar, wie schwer beschädigt das Vertrauen der Japaner in die Regierung und die Atomindustrie ist.
 
だが、彼自身は専門家と話した上で、数人のバイオリストと共に違う決断した。今だからこそやるべきだ。中止にして日本の人々をがっかりさせたくない。日本に着いたときにどれほどの人々が喜んでいたか、そのことで気づいた。川口市と犬山市でこの小さなグループを待っていたのは、400人以上の熱心なオーケストラと合唱団だった。川口市長が国際文化交流フェスティバルで希望していた第九は、川口市では2000人、犬山市では1000人もの観客が入り大成功した。ツアー中の多くの会話は原発についてだった。”どうやってドイツの政治家に原発をやめさせることができたのか”と一生懸命な女性たちに聞かれた。日本人が政治家と原子力産業への信用を失くしたことがわかった。
 
“Die Katastrophe ist allgegenwärtig”, sagt Mayer, auch wenn die deutschen Musiker keine konkreten Auswirkungen des folgenschweren Erdbebens sahen. Die Energiesparmaßnahmen, unter denen die Japaner klaglos leiden, bekamen sie nur in Form schwächer gestellter Klimaanlagen zu spüren: “Bei 35 Grad tropischer Hitze brauchte ich an einem Probentag vier bis fünf T-Shirts”, sagt der Dirigent. Im Vergleich zu 2010, als er mit seinem “Cellophoniker”-Ensemble schon einmal in Kawaguchi musizierte, hatte er den Eindruck, dass die Straßen früher dunkel wurden und weniger belebt waren, das Kulturleben reduzierter war. Statt japanischen Sprudels trank er Evian-Mineralwasser und verzichtete auf frisches Gemüse vom Markt. Auf der Regierungswebsite hätte er tagtäglich die ungefährlichen Strahlenwerte für die Präfektur Saitama abrufen können. “Aber kann man es glauben?” Dennoch habe er während des gesamten Aufenthalts keinerlei Bedrohungsgefühle gehabt.
 
ドイツの音楽家たちは具体的に地震の傷跡を見なかったが、”どこにでも災害の影響はある”と彼は言う。とられた省エネ対策はエアコンの節約だけだった。35℃の暑さで練習日には4,5枚のTシャツが必要だった。2010年にも川口市に演奏会をしに訪れているが、その時よりも通りは早く暗くなり、あまり賑やかではなかった。都市の日本人はミネラルウォーターを飲み、市場の新鮮な野菜をやめた。埼玉県のウェブサイトで毎日、放射能のチェックをした。”だがそれを信じていいのか”それでも彼は滞在中、少しも怖い気持ちにはならなかった。
 
Emotional aber habe ihn vieles heftig angegriffen, erzählt der Musiker. Ein Freund, den er während der freien Tage in Kyoto besuchte und der sich für die Hilfe im Norden Japans engagiert, zeigte ihm ein Privatvideo von der Katastrophe und ihren Folgen. “Wir in Europa vergessen so schnell, dass viele Menschen alles verloren haben durch den Tsunami, dass viele Kinder zu Waisen wurden, viele Schulen zerstört sind”, sagt Mayer. Der Freund erzählte auch von der Schichtarbeit, die seine Firma wegen der verringerten Energieversorgung eingeführt hat, auch am Wochenende. Der 11. März hat den Alltag der Japaner, selbst einige hundert Kilometer von Fukushima entfernt, verändert.
 
精神的に衝撃を受けた、と彼は語る。休日、京都を訪れたとき友人が彼に震災の個人的なビデオを見せた。津波によりたくさんの人が亡くなられたこと、たくさんの子供が孤独になっていること、ヨーロッパでは早くに忘れられている。友人はまた彼の会社でも交代勤務や週末勤務もしていると語った。3月11日の出来事は、福島から何百キロも離れている日本人の日常生活も変えてしまった。
 
Und doch: Nirgends ist Mayer auf Klagen, Jammern oder Selbstmitleid gestoßen. Er bewundert diese “Disziplinkultur” der Japaner. Aber: “Über allem liegt eine Traurigkeit. Keine Depression, die lähmt, aber eben diese große Traurigkeit. In dieser Situation ,Freude schöner Götterfunken und ,Alle Menschen werden Brüder zu singen, das war . . . das war . . .” – Hartmut Premendra Mayer findet dafür keine Worte. Wozu auch. In Kawaguchi und Inuyama hat die Musik gesprochen. Und alles gesagt.
 
マイヤーは日本人が泣き言を言うのを見たことがない。彼はこの日本人の”秩序文化”に憧れている。どこにでも悲しみがある。この状況で”Freude schöner Götterfunken” と ”Alle Menschen werden Brüder” と歌うことは、言葉にできないものがある。言葉にする必要はない。川口市と犬山市では音楽が話したのだから。全てを言ったのだから。
 
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2011年の夏にこんな演奏会があったなんて知りませんでした。
この未曾有の震災は言葉では言い表せられないものがあります。
海外の人との会話でも、災害に必死に立ち向かう日本人の評価は大変高いように感じます。
3月11日の出来事は日本だけではなく世界にも大きな影響を与えています。
 
時には音楽は言葉を越えて想いが伝わるものです。
かみつキッドも心からそう思っています。
 
この川口市と犬山市の公演はぜひ聴いてみたいと思いました。
 

Mittenwald&Hoher Kranzberg

昨日はMittenwaldとHoher Kranzbergに行きました。

通称、「ミッテンバルトの裏山」です。

過去に何度も訪れています。

http://kamitsukid.wordpress.com/2010/05/15/430/

http://kamitsukid.wordpress.com/2011/01/08/2179/

http://kamitsukid.wordpress.com/2011/01/16/2313/

登山道はやや急ですがとても登りやすくキレイでお手頃な山です。

先週から南ドイツは雪が降り始め、昨日は雪山登山になりました。

2時間ほどで頂上(1391m)に到着です。

湖や滝を見ながら下山し、夜は町のクリスマスマーケットへ。

Honigweinを飲みました。

Mittenwaldはやはりなにか夢と憧れと元気をくれる素敵な町でした。

おしまい。