【文献】 Innovationen in der Forst-Holz-Kette / 林業・木材・連環におけるイノベーション

Innovationen in der Forst-Holz-Kette
Entwicklungstrends und Handlungsoptionen
森林・木材・連環におけるイノベーション
発展の動向と活動の選択
 
Martin Birke, Dirk Scheer, Achim Schlüter, Frank Ebinger (Hrsg.)
 
Inhaltsverzeichnis 目次
 
1. Zukunftsmärke und Innvationen der Forst-Holz-Kette – eine Einleitung
   将来の木材市場と「Forst-Holz-Kette」のイノベーション-はじめに
 Nachhaltige Zukunftsmärke – Unternehmens-, Kunden-, und Gesellschaftsnutzen
   持続可能な将来木材市場-企業、顧客、社会の利益
 Innvationen zur Erschließung von Zukunftsmärkten
   将来木材市場の開拓
 Innvationen in der Forst-Holz-Kette
   「Forst-Holz-Kette」におけるイノベーション
 Das Projekt Zukunftsmärkte der Forst-Holz-Kette – ZUFO
   将来木材市場のプロジェクト-ZUFO
 
2. Die Marktperspektive: Kundenanforderungen, Schlüsselakteure, Marktpotenziale
   市場の展望:顧客の要求、メインパーソン、市場の可能性
 2.1 Einleitung
   はじめに
 2.2 Holz aus Verbrauchersicht – Ergebnisse einer repräsentativen Befragung
   消費者の視点からみた木材-アンケートの成果
 2.2.1 Verbraucherwahrnehmung von Holz
   木材に対する消費者の感覚
 2.2.2 Holzhäuser und Kundenanforderungen
   木の家と顧客の要求
 2.2.3 Holzfenster und Kundenanforderungen
   木の窓と顧客の要求
 2.2.4 ”Kunderncluster” – eine Verbrauchertypologie
   「顧客クラスター」-消費者の類型
 2.3 Potenziale und Hemmnisse im Holzbau – Ergebnisse aus Sicht von Experten
   木造建築の可能性と障害-専門家の見解
 2.3.1 Baustoff- und Produktcharakteristik
   建設材料と製品の特性
 2.3.2 Kundenschnittstelle: Schlüsselphasen und -akteure
   顧客のインターフェイス:重要な段階と関係者
 2.3.3 Politische Rahmensetzungen und Branchenbedingungen
   政治的な枠組みと状況
 2.4 Fazit – Schlüsselfaktoren und zentrale Handlungsfelder
   結論-重要な要素と中心的活動領域
 2.4.1 Schlüsselfaktoren im Holzbau
   木造建築での重要な要素
 2.4.2 Zukunftsmärkte und Handlungsfelder
   将来の木材市場と活動領域
  
3. Die Unternehmen
   企業
 3.1 Einleitung
   はじめに
 3.2 Ausgangslage
   初期の状況
 3.3 Konzeptioneller Rahmen der Untersuchung
   調査の構想的枠組み
 3.3.1 Strategisches Management
   戦略的経営
 3.3.2 Innovationsmanagement
   イノベーション経営
 3.3.3 Verknüpfung zwischen strategischern und Innovationsmanagement
   戦略的経営とイノベーション経営の関連
 3.4 Untersuchungsdesign
   調査のデザイン
 3.5 Organisationale Voraussetzungen in der Holzbaubranche
   木材建築分野における組織的前提条件
 3.5.1 Bestandsressourcen
   在庫資源
 3.5.2 Humanressourcen
   人的資源
 3.5.3 Strukturelle Ressourcen
  構造的な資源
 3.5.4 Kulturelle Ressourcen
  文化的な資源
 3.5.5 Materielle Ressourcen
   物質的な資源
 3.5.6 Erfassung externer Faktoren
   外部的な因子の状況
 3.6 Externe Einflussfaktoren
   外部的な影響因子
 3.7 Innovationen in der Holzbaubranche
   木造建築部門におけるイノベーション
 3.7.1 Innovationsverständnis in der Holzbaubranche
   木造建築部門におけるイノベーションの理解
 3.7.2 Beispiele für Innovationen
   イノベーションの例
 3.8 Zusammenfassung und Handlungsempfehlungen
   まとめと活動のススメ
 3.8.1 Zusammenfassung
   まとめ
 3.8.2 Zukunftsmärkte der Holzbaubranche
   木造建築部門の将来木材市場
 3.8.3 Handlungsempfehlungen
   活動のススメ
  
4. Die Wertschöpfungskette Forst-Holz 
   付加価値の連環-森林-木材
 4.1 Einleitung
   はじめに
 4.2 Die Forst-Holzbau-Wertschöpfungsketten: Konzeptioneller Rahmen der Betrachtung
   森林-木造建築-付加価値連環:研究の構想的枠組み
 4.3 Geschäftsbeziehungen in Wertschöpfungsketten verstehen – Perspektivenwechsel
   付加価値連環での組織間関係-視点の切り替え
 4.3.1 Aus der Perspektive von Markt, Hierarchie und Kooperation
   市場と階層と提携の視点から
 4.3.2 Aus der Perspektive von Abhängigkeiten und Macht
   従属と支配の視点から
 4.3.3 Aus der Perspektive von Gegenseitigkeit und Vertrauen
   相互関係と信頼関係の視点から
 4.4 Die Kette in den Blick nehmen – Ansätze für ein kettenweites Management schaffen
   連環へのまなざし-連環のための試み
 
5. Zwischen Regionalisierung und Globalisierung: Forst-Holz-Netzwerk erschließen Zukunftsmärke
   ローカリゼーションとグローバリゼーション:林業-木材-ネットワーク
 5.1 Einleitung
   はじめに
 5.2 Regionale Netzwerke und Cluster: eine Schlüsselinnovation für Zukunftsmärke?
   地域ネットワークとクラスター:将来の木材市場のための主要なイノベーションとは?
 5.3 Regionale Cluster- und Netzwerkinitiativen in der Forst- Holzwirtschaft
   林業-木材経営における地域クラスターイノベーションとネットワークイノベーション
 5.4 Forstwirtschaftliche Zusammenschlüsse und Verbundbildung
   森林組合と連合体
 5.4.1 Forstwirtschaftliche Zusammenschlüsse, konfrontiert mit neuen Kundenbedürfnissen
   森林組合、新たな顧客需要との直面
 5.4.2 Theoretischer Bezugsrahmen und Methodik
   理論的な枠組みと手法
 5.4.3 Ressourcen und Kompetenzen der Forstbetriebsgemeinschaften und Stärken am Markt
   森林組合の資金と権限、市場での強み
 5.4.4 Schlussfolgerungen und Handlungsempfehlungen für Forstbetriebsgemeinschaften
   森林組合についての結論と推論
 5.5 Das Holzforum Allgäu: Netzwerkmanagement zwischen erfolgreicher Konsolidierung und unausgeschöpften Innovationspotenzial
   「Das Holzforum Allgäu」:安定化したものと未利用のイノベーションポテンシャル間のネットワークマネジメント
 5.5.1 Die Netzwerkentstehung: von der informellen Interessengemeinschaft zur institutionalisierten Kooperation
   ネットワークの成立:非公式の利益共同体から提携の制度化へ
 5.5.2 Endogene Netzwerkinnovation: vom Ehrenamt zum Netzwerkmanagement
   内因性のネットワークイノベーション:名誉からネットワークマネージメント
 5.5.3 Netzwerkmanagement zwischen Professionalisierung und Organisationsüberforderung
   専門性と組織の過大な要求の間でのネットワークマネージメント
  
6. Innovationsperspektiven in der Forst-Holz-Kette diesseits und jenseits von Best-Practice und Benchmark
   ベストプラクティスとベンチマークのこちら側と向こう側での林業-木材-連環における革新の展望
  
Literaturverzeichnis
 参考文献一覧
 
Anhang
 付録
Autorenverzeichnis
 著者一覧
Abbildungsverzeichnis
 図一覧
Tabellenverzeichnis
 表一覧

【文献】日本から見たドイツの林業研究

林業経済の分野より。
 
日本の林業はドイツからきた、と聞きます。
日本は欧米諸国に比べ遅れて近代化・資本主義化したので、国の基本となる憲法や民法のあり方などを欧米諸国から学び、日本の歴史と実態、目指すべき国家像を考慮して、法律を制定しなければならなかったようです。森林政策についてもそうであり、明治政府は欧米諸国の森林法について調査研究し、また幕府を含め各藩の林政について資料を収集しなければならなかった。
 
戦前はフランス、ドイツなどヨーロッパ諸国の森林法を中心に直接政策立案に関わって行われましたが、戦後には、それに加えアメリカ、カナダ、ソ連邦、ニュージーランドなどを対象としています。
 
比較森林政策論において、日本のドイツ林業研究は高度経済成長が始まってしばらく経ってから始まっている。
1963年に阿部正昭が国有林の成立過程について実証的に分析した研究がある位です。
1968年には小沢今朝芳がプロイセンやザクセンの国有林を中心に森林経営の展開過程を分析しています。
1971年に森林政策者であり、森林史に詳しいゲッティンゲン大学教授のカール・ハーゼルは「林業と環境」を出版しました。これはディートリッヒの森林機能論を踏まえてまとめられていて、森林の保全機能と休養機能が重視される「工業化段階」の森林政策のあり方を提示しています。
また、戦後のドイツを代表する林業経営者であるフライブルク大学教授のゲルハルト・シュパイデルは1967年に「林業経営学」を出版しました。
 
高度経済成長が終わり、国民の多くが木材生産よりも自然環境の保全に関心を寄せるようになります。
それが1981年ごろです。森林政策問題が国際舞台で議論されるのもこの頃です。この時期、1985年のプラザ合意による円高で外国に容易に行けるようになります。自然環境問題が森林政策に様々な影響をあたえて、従来と異なる研究視点の構築が求められました。森林政策への市民参加や合意形成など、森林政策における民主主義のあり方が問われた時期でもあります。

こうした、自然環境への関心が高揚し、人間社会と森林の関係を見直す必要からドイツ林業への関心は改めて高まります。北村昌美は「森林と文化」という視点から、シュバルツバルトの四季ををまとめて出版し、森林に関する市民の意識について、ドイツと日本の比較研究を行いました。
木村正信と有永明人はドイツの入林権と休養林の法的取り扱いついて分析を行いました。1994年のことです。
石井寛は戦後のドイツ林業の歴史研究の成果と現状分析、また旧東ドイツの森林管理制度の変化について明らかにしました。
神沼公三郎は酸性雨被害の状況と保安林制度について分析しました。
堀靖人は森林組合制度とバーデン・ビュルテンベルク州で世界で初めて実施された林地平衡給付金制度について研究しました。
森林政策上の基礎研究として、飯塚寛は1986年から1989年に実施された連邦森林調査の結果を報告しました。(1992年)
山縣光晶は1975年連邦森林法とバーデン・ビュルテンベルク州の森林法を翻訳しました。(1993年)
また、カール・ハーゼルの「森林史」(1985年)を翻訳し、「森が語るドイツの歴史」として出版しました。(1996年)これはドイツの森林史の通史であり、ドイツの森林利用と森林政策・管理の歴史を具体的に知ることができます。
石井寛と神沼公三郎は2005年に「ヨーロッパの森林管理」を出版し、そのなかで石井はドイツの行政改革の現状を、神沼は統一森林署の現状を、八巻一成は自然公園制度を分析しました。
 
参考
林業経済学会,林業経済学会50周年記念 林業経済研究の論点ー50年の歩みからー

【文献】林業と環境-第2章10節 森林の文化的機能

 人に対して森がもっている作用は収穫機能や保全機能、休養機能だけではありません。森林と国民性や国民の民族的特色の間には密接な関係があるのです。ハーゼルさんによると、平地地帯の交易の多い地方の住民は、軽快・開放的・饒舌で商才があるが、森林の多い山岳地帯の住民は忍耐強く、独立的・無口・無欲で沈思する傾向があるそうです。 
 
 森林と国民性の関係は Wilhelm Heinrich Riehl によって100年以上前に研究され、彼の名著「Land und Leute (土地と人)」に記されています。
 
 森林家は、経済的理由から森林の維持を図ろうとするが、社会政策的理由による森林の維持も重要である。森林を根絶すると歴史的な市民社会は崩壊する。原野と森林のコントラストをなくすことはドイツ民族から生活要素を奪うことである。人間はパンだけでは生きていけない。われわれは仮に木材を必要としなくなったとしても、森林を必要とするであろう。肉体を温めるための木材をもはや必要としなくなっても、精神を温めるための森林の緑の活力と生長力の中になるものがますます必要となる。国民生活の脈動を暖かくそして、楽しく打ち続けさせるために森林を維持しなければならない。
 
 Hornsmann (1958) さんは言語、習慣、童話、伝説、歌曲、建築、絵画、詩、音楽に及ぼす森林の影響を指摘しました。姓名の中にも森林に関係のあるものがあります。Blatt、Zweig、Baumがそれ。多くの民話、例えばヘンゼルとグレーテル、赤ズキン、白雪姫、は野生動物や魔女の住む大きな暗い森林のなかでストーリーが展開します。
 
 偉大な音楽は自然と風景の数々の印象を再現しています。例えば、ハイドンのオラトリオ「四季」、ベートーベンのシンフォニー6番「田園」、ブラームスのシンフォニー2番、”Parsifal”の第3幕の Karfreitagszauber、さらに、ブルックナーやマーラーのシンフォニーとシュトラウスのアルプスシンフォニーが挙げられます。特にロマン派には、ウェーバーが”魔弾の射手”と”Euryanthe”で森林での体験を表現しています。シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンの歌には森林の空気が息づいている。
   
これらの作品には、ドイツ人がいかに森林に愛着をもっているか、そして森林がドイツ人の故郷であり、力の源泉であることを言葉以上に的確に表現している。
 

【文献】社会シミュレーションの技法-拡張セルオートマトン

 セルオートマトンを構成するセルは、個人だけでなく他の要素も表現することができます。この本では興味深い例として、Axelrod(1995) の研究を挙げています。同盟や帝国のような政治主体が、それよりも小さな民族国家のような存在から、いかにして創発するのかという問題に取り組みました。Axelrod によると、歴史を通じて新しい帝国は中央当局がそれまでの独立国を支配し、集団的な行動をとる権利を主張することで形成されてきました。また多くの場合、そのような国家は、自らの支配を行使したり、独自に国であると認められる程度に、小さな部分に分割されています。18世紀に新しい主体として形成されたアメリカ合衆国は、構成している13州の上に連邦政府を設立したことで、他国に受け入れられました。今日ではEUが同じようなことを成し遂げようと奮闘しています。それに対して、ソ連は東欧とアジアの準独立国家を初めて併合したが、その後再び分裂してしまいました。ローマ帝国や中国王朝も同じような例として挙げることができます。
 
 これらの変化の本質的な特長は、それらが「内生」であること、つまり帝国や同盟の形成・解体が、外部による手引きなしに行われたということです。そして、全てではないですが、威圧の要素が含まれていました。以上が集合的な主体が形成されるプロセスであり、Axelrod のモデルが焦点を当てているものです。国同士の関係は「貢納」システムとしてモデル化されます。貢納システムでは、個々の主体は、「貢物を納めなければ戦争を起こす」という脅威によって、資産の支払いを要求することができます。強い主体が弱い主体から得た富は、さらにほかの主体から富を得るために用いられます。主体は他の主体と同盟を結んで力を強めることができます。
  
 このモデルのダイナミックスを単純化すると、主体は円周上に沿った1次元の世界に配置されます。全ての主体に、両隣に主体がいるということになります。主体はそれぞれ、すぐ隣にいる主体とだけ相互作用することができます。このモデルは1次元CAの構造ですが、以前の例よりも複雑なルールに従います。各時間ステップで、主体がランダムに選択されて、近傍のどちらかの主体に貢物を要求します。要求された主体は、貢物を送るか、抵抗して戦うかのどちらかによって双方とも資産を消耗します。それぞれの主体は、相手のもつ資産の4分の1を失います。したがって、多くの資産を持つ主体は、もたない主体に対してより強い打撃を与えることになります。これが、このCAの状態変化ルールになります。つまり、セルの状態は、所有する資産量で表され、各時間ステップにおいて資産量がどのように変化するかは、貢納ルールによって決められることになります。また、各時間ステップごとに、ある一定の資産が各セルに加えられるというルールもあります。
 
 主体の相互作用の副作用として、主体はお互いに「コミットメント」を発展させます。2主体間のコミットメントは、次の3種類の関係の結果として強化されます。貢物を送るときの「従属」、貢物を受け取るときの「保護」、2つの主体が同じ側に立って第三者と戦うときの「友好」です。これに対して、2主体が敵対して戦うと、コミットメントは弱まります。主体間のコミットメントは、貢物を送るか抵抗して戦うかの選択に影響を与えます。戦争になった場合、その主体に隣接している主体は、コミットメントが強い側に加担し、そのコミットメントの度合いに応じて資産を提供します。このようにして、隣接主体がお互いにコミットメントをもち、資産を蓄えるような同盟が形成されます。同盟が貢物を得ようとする対象は、その近傍の中の主体のどれかということになります。
 

 
 上図は、このシミュレーションを1000ステップ(年)実行した結果になります。上部のグラフは、各時間ステップにおける各主体の資産量を表しています。この歴史では、1000ステップの間に2,4,10番目の3主体がその資産を増やして、圧倒的な優位に立っています。9番目の主体は、最初は好調でしたが、400ステップ辺りから衰退していきました。主体がもつ資産量の初期分布や、各時間ステップの活動する主体の選択によって、それぞれの異なる歴史が生まれます。被害の大きい戦いが勃発した結果、最も裕福な主体でさえ、激しい資産崩壊に見舞われるというケースも、何度かおきました。図の下部は、1000ステップ実行した後の主体間のコミットメントのパターンを示しています。それぞれの四角の領域における黒い部分の大きさは、行と列の主体どうしのコミットメントの強さを示しています。2,4,10番目の裕福な3主体は、自分の周囲にいる主体とそれぞれ強固な同盟を形成していて、同盟内の各主体は、お互いに非常に強いコミットメントを結んでいることがわかります。
 
 このシミュレーションでは、複数の主体が相互作用するという単純なモデルにおいて、全ての主体が一体となって動くクラスターが創発することが観察されました。Axelrod は、50%以上の水準で互いにコミットメントをもつ隣接主体の集まりをクラスターと定義しています。このようなクラスターのメンバーは同じ振舞いをします。これは、このクラスターのメンバーが、決して最強のメンバーに戦いを挑んだり、クラスター内の弱いメンバーどうしで戦ったりしないことからもわかります。さらに、弱いメンバーは、外部の主体に対しても、戦いを挑むことは稀であって、ただそのような行動に出たときには、最強の主体がその戦いに駆り出されることになり、ときにはクラスターの崩壊につながることもあります。クラスターでは、モデル上の強者が弱者を守っているかのように見えます。そしてそれ以外の主体は、戦争を仕掛けようとするときに、クラスター全体の総資産を考慮していると見ることができます。このことは、アメリカ合衆国が単なる州の集合ではなく、1つの政治主体であるのと同じように、クラスターを事実上の新しい主体とみなすことができることを示唆しています。
 
 シミュレーションの価値は、シミュレーション上の主体と現実の国家の一致度で決まるわけではない、と Axelrod は述べています。実際、彼のモデルでは、シミュレーションを実行するたびに、異なる順番で出来事が発生し、異なるクラスターが形成されるという特徴があり、クラスターが実際に起きた政治発展の歴史を再現するようなモデルをつくることは難しいのです。モデルの価値は、政治学者が探求したいと思うような新しい問題を明確化し、規定していくという点にあります。「新しい主体が創発するための必要最低限の条件とは何か」、「その創発を促進させる要因は何か」、「基本となる主体の数がそのダイナミックスにどのように影響するのか」、「集合的な主体を崩壊させる要因は何か」など、以前では考えることができなかった問題を提起し、現実世界における類似の問題について考えるための新しい方法となるのです。
 
 これまで見てきたような基本的なセルオートマトンは、色々な方法で拡張することができます。第一に、主体がグリッド上を移動できるようにする、という拡張が考えられます。これまでは、主体が「1セルに1主体」というような形で、特定の場所に固定されていたのに対して、この拡張では、主体とその主体がたまたま配置されたセルとを区別することになります。その結果、複数の主体が、1つのセル上に存在する可能性などを考慮にいれる必要がでてきます。第二の拡張は、近傍以外の主体からも影響をうけることができる、というものです。このようなモデルでは、モデル上の全ての主体の状態を集計したものや、その一定割合に依存して主体の状態が変化します。これまで見てきたモデルでは、主体が「記憶」をもっていませんでしたが、第三の拡張として、主体が状態の情報を記憶し、その主体の近傍の状態と自分自身の状態変化の履歴に基づいて次の状態を計算する、ということも考えられます。
 
次回は、以上のような拡張を行っているモデルを取り上げたいと思います。
 

 

【文献】社会シミュレーションの技法-セルオートマトン

セルオートマトンの特徴は以下の通りです。

  1. セルオートマトンは、規則的なグリッド上に、同質のセルを多数配置したものである。セルは1列に配置することもできるし、2次元平面上や場合によっては3次元の立方体に配置することもできる。
  2. 各々のセルは、「オン」か「オフ」のように、いくつかある状態のうちの1つをとる。
  3. シミュレーションでは、全てのセルで歩調を合わせて時間が進行し、その各時間ステップにおいて、各々のセルの状態が変化する。
  4. セルの状態は、「自分の過去の状態と近傍にあるセルの状態への依存の仕方」が記述されたルール集合によって決定される。ルールは、セルの状態を変化させるために、グリッド上の全てのセルに共通して用いられる。つまり、モデルはルールに関して同質的であるということになる。
  5. セルの状態は、近傍にあるセルの状態だけを参照して変化するので、セルオートマトンは局所的な相互作用による現象をモデル化するのに最も適している。

以上をまとめましょう。

セルオートマトンは、一様なグリッドで表現された空間において、時間ステップごとに進行する世界を想定します。そして、その世界の「法則」は、各セルの状態が「自分自身の過去の状態と近傍のセルの状態によって計算される」という一様なルール集合によって表現されるということです。

以前に、セルオートマトンの基礎とそれを使ったライフゲームについて少し触れました。この本でも同じことが書かれているのでそこは省きます。http://pakkurikamitsukid.wordpress.com/2012/01/12/

一次元CAやライフゲームに見られるように、これまでの例では、セルオートマトンがきれいなパターンを生成できるということを見てきましたが、本来の私たちの関心は、セルオートマトンがどのような社会現象のモデル化に利用できるかということです。ここでは、以外な結論が導き出される簡単なモデルを2つ紹介しています。

ひとつは「うわさモデル」です。一般に、CAによって社会をモデル化する場合は、個人はセルでモデル化され、個人間の相互作用はセルの発展ルールによってモデル化されます。例えば、うわさ話が言い出した人から興味をもった人へ広がっていくということを思い浮かべてみます。ある人はそのうわさ話を知っている人から聞いて、それを他の人に伝えるかもしれません。ただし、その日に隣人と会わなければ、そのうわさ話を広める機会がないことになります。一度うわさ話を聞けば覚えるので、再びそれを聞く必要はありません。

以上のようなシナリオは、CAで表現することができます。このモデルでは、セルには2つの状態があります。ひとつは「うわさ話を知らない」(この状態を白で表す)であり、もうひとつは「うわさ話を知ってる」(この状態を黒で表す)です。セルの状態変化は、フォンノイマン近傍の4つのセルのうち、1つのセルが黒であればうわさが伝わり、白から黒へ変化するとします。白いセルは、周囲の黒いセルからうわさ話を聞いて黒いセルになる可能性が常にあります。一度うわさ話を聞いたセルは、それを忘れないことにするので、このモデルでは、黒いセルが白いセルへ変化することはありません。状態変化のルールをまとめると次のようになります。

これまで紹介してきたルールは、同じ状況が与えられたときにはいつも結果が同じになりました。それに対して、このモデルでは、近傍から必ずうわさ話を聞くわけではなく、単にその可能性があるにすぎないという確率論的なもになっています。このような確率的な要素は、乱数ジェネレータを用いてシミュレートすることができます。ここでは、乱数ジェネレータが0から99の間の整数の乱数列を生成すると仮定します。50%の確率でうわさ話が伝達されるという設定は、第一のルールを次のように実装することによってシミュレートできます。「セルが白い場合には、近傍にある黒いセルの分だけ、乱数ジェネレータから乱数を得る。得られた乱数が50未満の場合には、そのセルの状態を白から黒へ変化させる。」

上図の(a)は、うわさ話の伝達確率が50%の設定で、黒いセルが1つある状態から始めたシミュレーション結果です。うわさ話は、四方八方にほぼ均等に広がっています。うわさ話は、必ず伝達されるわけではないので、黒い領域は完全な円にはなりませんが、時間が経つにつれ、より滑らかな円形になっていきます。(b)は、うわさ話の伝達確率を5%にした場合のシミュレーション結果です。驚いたことにこのような変更をしても、シミュレーション結果にはほとんど差がありません。黒い領域が少しでこぼこになっていて、伝達の可能性が低いので、当然うわさ話はゆっくり広がっていきます。(c)は伝達確率1%の結果です。伝達確率が低いのにもかかわらず、前者2つと似たような形になっています。ただ、600ステップ後という状況ですが。このシミュレーションでわかることは、伝達確率が低いと伝播は遅くなりますが、どのような場合でも局所的な個人間相互作用の大きな妨げにはならないということです。このことは、うわさ話だけではなく、技術革新の「ニュース」や接触によって広まる伝染病などについても当てはまると考えられます。

このモデルでは、人々は一度うわさ話を耳にすれば、二度と忘れることはないと仮定しています。つまり、黒いセルはずっと黒いままなのです。うわさモデルとしては現実的とはいえません。それでは、「忘却」というものをモデルに組み込んでみましょう。「セルが黒い場合には、あらかじめ設定された低い確率で、白いセルへと変化する。」

上図は、うわさ話の伝達確率10%、忘却確率5%に設定した場合のシミュレーション結果です。ところどころにある小さな白い穴は、うわさ話を「忘れてしまった」セルを表しています。しかし、忘れてしまったセルも、伝達確率が高い黒いセルに囲まれているために、またすぐに黒に戻ってしまうので、白い領域が広がることはありません。つまり、伝達と忘却についての仮定を変更しても、全ての近傍からの伝達確率が忘却確率よりも高いのであれば、黒いセルでつくられる円形のパターンは安定的なのです。

うわさモデルは、近傍のうちの誰か1人からうわさ話を聞けば黒いセルになったので、個人対個人の相互作用をモデル化したものといえます。そこで今度は、全ての近傍の状態を合わせたものに応じて、セルの状態が変化するモデルを考えてみます。ある流行について、友人の大多数が取り入れている場合にだけ、自分もその流行を採用するという「多数派モデル」を例に挙げます。ルールはこうです。「新しいセルの状態は、ムーア近傍にあるセルの状態の数が多い方になり、同じ数であれば前回の状態を維持する。」ムーア近傍とは対象となるセルを8つのセルが囲むモデルでした。このルールは、そのセルの周囲に5個以上の白があれば白になり、5個以上の黒があれば黒になり、白と黒が4個ずつであれば前回の状態を維持するというものです。

白と黒のセルがランダムに分布した上図(a)の状態からシミュレーションを実行すると、(b)のような白と黒の小さなかたまりの寄せ集めになります。自分と違う色のセルに囲まれていたセルは、優勢な色に変化するため、周囲から孤立していたセルも一体化して、同じ色のかたまりを形成していきます。たまたま周囲に白と黒のセルが半々だったセルは変化しないままで、それらのかたまりとの安定的な境界を形成します。セルのパターンが斑点模様になると、そのパターンはそれ以上変化することはありません。

ところが、状態変化のルールに少し変更を加えると事情は一変します。ここでは、流行の影響を受けやすい人と受けにくい人がいるということを考えてみます。白いセルには、黒い近傍が4個以下しかなくても黒になるものもあれば、黒い近傍が6個ないと変化しないものもある、とするのです。黒のセルに関しても同様です。このモデルでは、流行に影響されやすいかどうかの度合いがランダムに設定されるので、全体としては各時間ステップで、自分と違う色の近傍が6個で変化するセルと4個で変化するセルの数は同じになります。このような修正によって、全てのセルがある程度の個人差をもつこともできます。

モデルに加えた修正は小さなものでしたが、その効果は劇的です。ひとたび形成されると「凍結」したままであった黒や白のかたまりも、ランダムに設定されたわずかな個人差によって、徐々にゆるめられ、同色の大きな領域へとなっていきます。その過程を表しているのが上図です。(a)は5ステップ後で(b)は19ステップ後です。19ステップ後には、かたまりができ始め、(c)の482ステップ後には、白と黒の大きなクラスターがそれぞれ形成されています。決定論的なモデルと少しランダム性を組み込んだモデルとの間で、マクロレベルの振舞いが異なるということは、セルオートマトンモデルではしばしば見られる特徴なのです。

うわさモデルは、少なくとも1つの近傍から「伝染」するというルールに基づいていて、多数派モデルは、近傍におけるそれぞれの色の数に依存するというルールに基づいていました。どちらの場合も、簡単なルールの働きによって、マクロレベルのパターンが創発することを見てきました。これらのマクロレベルにおけるパターン形成は、ミクロレベルにおけるルールを考察するだけでは、予測することはまず不可能です。どちらの例でも、グリッドを現実の地表を占める人々の配置だとみなすことができます。しかし、モデルと対象となる集団のアナロジーは、直接的に対応させるべきではないし、ふつう対応しているわけでもありません。グリッドは、地理的なもの以外にも、様々な種類の社会関係を表現することができます。

【文献】社会シミュレーションの技法-シミュレーションとは

社会シミュレーションの技法
著者:Nigel Gilbert・Klaus G. Troitzsch
訳者:井庭崇・岩村拓哉・高部陽平
発行所:株式会社 日本評論社
発行:2003年2月25日
 
シミュレーションは、社会の複雑な振舞いが比較的単純な行動の組合せによって創発するという考え方に基づいて、社会的プロセスや経済的プロセスを考察する新しい方法を提供するものです。
  
シミュレーションとはなにか。
  
シミュレーションとは、特殊な種類のモデリングのことです。モデルを作成するということは、私たち人間が現実世界を理解するために普段から行っていることでもあります。モデルとは、ある構造やシステムを小さくして、詳細を省き、複雑さを整理することで、単純化したものです。
 
統計モデルと同じように、シミュレーションには、ユーザによって準備される「入力」と、シミュレーションが実行されたときに観察される「出力」があります。多くの場合、入力はモデルがある特定の社会状態に一致するために必要な属性であり、出力は時間を通じてのモデルの振舞いのことです。
 
例えば、こんな参考をひとつ。今私たちは、人々がどのようにして結婚相手を選ぶのか、ということに関心があるとします。あなたは結婚相手を探すときに、自分の理想を全て満たしてくれるような人に出会うまで相手を探しますか?それとも自分の希望を「十分に」満たしてくれる人を見つけたらそこで探すことを止めますか?実際には、人々はどのような相手探しの方法をとっているのでしょう。この調査をするにあたって、直接本人たちに聞いてみるということは、あまり効率的な方法とはいえないですよね。つまり、彼らは意識的な戦略に従っていないかもしれませんし、たとえそんな戦略があったとしてもそれを打ち明けてくれるかわかりません。そんなときに、妥当と思われるいくつかの仮定からなる「結婚相手探し」モデルを作成します。そこで何が起こるのかを観察し、現実に観察された相手探しパターンとプログラムの振舞いとを比較・検討をすることができます。以上のような例は、シミュレーションの適用方法の典型的なものです。
 
もし、人々がどのように相手を探すかに関する理論があるならば、それを手順として表現することができ、最終的にはコンピュータ・プログラムとして構築することができます。プログラムは、手順を文章で表現するよりも正確なものになるので、理論を洗練するのに役立ちます。つまり、「理論を発展させるための方法」としてシミュレーションは利用することができるのです。
 
理論をプログラムの形にして、いくつかの仮定を設定することによって、そのシミュレーションを実行して振舞いを観察することができようになります。今回の例では、結婚することになるかもしれない人々の集団があって、その各々の人にランダムに設定された「相性」の数値があると仮定します。さらに、この相手を探すシミュレーション上の「人」は、ランダムに選ばれた人と順々にデートをすることができるとします。ちなみに、このシミュレーション上の「人」のことを、一般に「エージェント」(agent)といいます。各デートの最後には、エージェントはその相手と落ち着くのか、それとも別れてまた他の人とデートに行くのかを決めなければいけません。この決定は、まだ出会ったことのない人との相性を知ることはなく、またすぐに振ってしまった相手とよりを戻すという可能性もないという設定に基づいて行われます。実際にどのように振舞うかはここではなしにします(ごめんなさい)。この結婚相手探しシミュレーションはTodd(1997)によるものです。
 
今見てきた相手探しゲームの例は、シミュレーションの目的のひとつである「社会の特徴についての理解を深める」ということを表しています。そこらじゅうで行われているようなデートの行動を観察することは可能ですが、人々の背後にある戦略を直接的に見出すことは難しいため、シミュレーションが有効な手段として考えられます。
 
もう一つのシミュレーションの使い方は、「予測」です。もし現実の一部のダイナミックスを忠実に再現するモデルが作成できれば、時間の経過をシミュレートすることで「未来を覗いてみる」こともできるでしょう。こういったシミュレーションは人口統計学やビジネスにおいても利用されています。そして、もう一つ。人間の能力を「代理」する新しいツールを開発することです。例えば、パイロットがフライトシミュレータを利用するような、訓練のために使用されているものです。また、家庭用のゲームもそうですね。
 
社会科学者がこういったシミュレーションに興味を持ちはじめたのは、「発見」と「形式化」を手助けしてくれる可能性があるからなのです。社会科学におけるシミュレーションの歴史はここでは述べませんが、社会シミュレーションの分野では、「たとえエージェントが単純なルールでプログラムされていても、全体として振舞いが非常に複雑なものとなり得る」ということが、ひとつの研究テーマとなっています。社会システムを分析するための従来の統計的手法は、ほとんど全ての場合が変数の間に線形の関係性があると仮定しています。つまり、ある変数が受ける影響がある変数を足し合わせたものに比例するということですが、これは非常に制限された仮定となります。これに対して、複雑系理論(Waldrop 1992; Kauffman 1995)と呼ばれている新しい学際的分野では、非線形のシステムに関しての包括的な概念が探求されています。
 
シミュレーションは、「空間」と「合理性」を扱う理論にも、有効に適用できます。例えば、地理的な影響は、実際の地域を忠実に再現するシミュレーション上の地形に、エージェントを配置することでモデル化できます。その一つの実例が、グリッド状のセルを用いる「セルオートマトンモデル」です。

【文献】発見的最適化手法による構造のフィルムとシステム

発見的最適化手法による構造のフィルムとシステム (Heuristic Methods for Optimization of Structual Systems)
著者:三井和男・大崎純・大森博司・田川浩・本間俊雄
発行所:株式会社 コロナ社
発行:2004年7月15日

1 セルオートマトン法
 砂丘の風紋を見たことがありますか。砂丘では気象状況の変化によって、砂上に様々な紋様が描かれ、時間とともに変化します。この紋様は砂粒だけから構成されていて、風の力と多くの形の異なる砂粒との相互関係で形成されます。ここでは、セルオートマトン法を使い、この現象を紐解きます。

セルオートマトン(Cellular Automata, CA)とはなんなのか。

 砂丘は、大きさと形の異なる小さな砂粒どうしの摩擦によって、沢山の砂粒が集まった場所です。ここに風の力が作用して、あるものは空中に舞い上がって、あるものは隣接した砂粒どうしの力の伝搬によって、迫り上がります。迫り上がった砂粒は、重力の影響により崩れます。このような過程を繰り返して徐々に砂粒は移動するのです。砂粒一つひとつは、周りの状況に応じて、時間とともに自分の位置が決まります。その結果として、全体を見渡すと秩序だった紋様が砂上に現れて見えているのです。つまり、砂丘全体を見渡して、紋様を決定しようとする統一した意思が働いている訳ではなくて、一つひとつの砂粒がある一定の規則によって、それぞれの位置を決め、結果的に紋様が現れます。一定の規則とは、摩擦や重力に関連した力学的な規則が考えられます。もちろん、砂の一粒に対して、はるかかなたの砂粒から直接的な力の影響は受けないでしょう。ごく周辺にある砂粒から影響を受けると考えられます。つまりこの規則は、近くにある砂粒の状態に依存します。このような砂粒間の相互作用は、はるかかなたまで連鎖するでしょう。したがって、はるかかなたの砂粒の影響も間接的に受けていると考えられます。砂丘のこのような状況は、自己組織化の一例です。初期条件や境界条件などの環境と風の強さや向きなどの刺激を設定することで、時間とともに一つひとつの砂粒が位置や向きを変えます。自己組織化の特徴は、全体を掌握した意図的な指示によらず組織が形成されることです。周りとの相互の関わり合い、つまり局所的な相互作用の積み重ねから組織が自動的に形成される点に特徴があります。このような局所的な相互作用の原理に基づく一つのモデルがCAであって、現象解明に用いるCAによる計算手段をCA法といいます。

 CA法は、ある現象をマクロに定義した微分方程式などの関係式により全体像を捉える従来の方法とは異なります。セル間の簡単な規則の積み上げから、セル間の相互作用を通して、全体像を把握しようとする方法がCA法です。この方法は、次の二つの点から最近多くの方面で注目されるようになりました。第1に、複雑な現象を表現する系全体の関係式の構成を考える必要がないこと。第2に、たとえ構成された系全体の関係式が存在したとしても、それを解く必要がないこと。その代わり、対象とする現象を詳細に調べて、単純でかつ適切な局所的な規則群を抽出することが必要になります。CA法の適応例では、避難、火災、地震、雪崩、流体現象、交通状況等のシミュレーション、蝶、魚、貝あるいは動物などの様々な紋様の形成等多くの分野に適用されています。さらに、現象を支配するパラメータが複雑に絡み合う株価や景気などの経済現象、地震や地すべり等から派生する自然災害などにも応用した研究があります。

 構造解析にCA法を応用すると、全体がある目的関数に支配されているという従来の構造解析におけるトップダウン型のアルゴリズムとは異なり、各セルが分散的かつ自動的に自己組織化して、結果として系全体の秩序を形成させようとするボトムアップ型の計算手順となります。これは、創発型計算(emergent computation)に分類されるような計算スキームと考えられます。注意すべき点は、このような計算モデルにより得られる解に対して、必ずしもある目的変数を最大化あるいは最小化するという保証がないことです。しかし、逆に多様な解を容易に生成できるという特徴があり、フィルムの創生などの構造解析や構造設計にも可能性を秘めた方法です。

 セルオートマトン理論の起源は、1940年代にウラム(S.Ulam)との議論を通してノイマン(J.Neumann)により発案されたといわれています。基本モデルとして、有限個の状態設定可能なセルを空間的に規則正しい格子状に相互接続した系で考えられています。この系は各々のセル自身の状態とその周辺のセルの状態に依存して、セル間の単純な規則に従いながら自律的に状態遷移(state transfer)を進める離散化計算法として考案されました。ウルフラム(S. Wolfram)は、このCAの基礎的な状態遷移挙動を詳細に分析して体系化しています。

2 セルオートマトンの定義
 ウルフラムによれば、CAの基本的特徴(定義)は、次のようにまとめられます。
① セルオートマトンは空間と時間を離散的に扱って実際のシステムを理想化する
② セルオートマトンは規則正しい格子で構成され、通常は有限の広さであり、各セルにおいて離散的な変数をもつ
③ セルオートマトンの状態は、各セルにおける変数の値によって完全に明示される
④ 各セルにおける変数の値は、各セルの近傍における変数の値と一定の近傍則に基づき同期的に更新される

 CAの計算モデルの基本は、セル自身の状態がその周辺のセルすなわち近傍(neighborhood)の状態にのみ依存して、セルが状態遷移を進める局所的な規則群を用いた操作を実施することにあります。定義では具体的な規則の決め方やセルの状態は指定されていません。これは自由に決めてよいということです。また、次元にこだわる必要もありません。例えば、三次元では立体的に配列された状態となるのです。解析対象モデルと対応可能であるならばn次元に配列されたCAにも拡張可能でしょう。

3 一次元と二次元の簡単なCAモデルと物理現象
 最初に、力学問題から離れて、セルの状態が1もしくは0の二つの状態のみをとる最も単純なモデルによって、一次元と二次元に対する具体的なCAを表現してみましょう。以下は一次元CAのモデル例です。CA法では近傍と規則の設定をどのように決めるかが重要なポイントです。ただ、一次元の場合は、近傍の取り方が明快であり、時間経過を含めて平面上に状態表示できるので、視覚的に理解し易いと思います。図中の白四角がセルで、一列に並べたものが系全体です。近傍の例を4つ示します。ここで黒四角は対象セル、灰色四角は近傍セルになります。例えば、4近傍モデルは対象セルの左右連続して2つずつ、合計4つのセルを近傍としています。このように近傍の定義を拡張すれば、範囲を広げることができて、対象セルも必ずしも隣接する必要はありません。問題設定によっては様々な近傍パターンが考えられます。

 近傍モデルが定義されたなら、次に規則を具体的に決めなければいけません。ただし、規則は近傍の取り方にも依存します。ここでは、ウルフラムに習って、次の規則を考えましょう。これは連続する三つのセルの状態から真中の対象セルの次ステップにおける状態を規定するものです。

 この規則は、0の状態を白四角、1の状態を黒四角として、前図の2近傍モデルを採用した例になります。この規則を使用して、あるセルの状態配置を出発点として、離散時間ステップごとにセルの状態を更新させます。対象セルとその周辺のセルの状態は、規定した原則に依存して、全セルが同期的に更新を続けます。この規則例を見ればわかるように、対象とするセルの状態は、前ステップにおける隣接セルと自身の状態によって決まります。つまり、2×2×2=8通りの状態を示す並びから、2種類のうち一つの状態を決定する問題である2状態2近傍モデルとなります。規則の決定の組合せ内容は256(=2^8)通り考えられます。ここで示したものは規則146と呼びます。規則番号は次のように決められています。図に示すように三つの並びから決められた処理後の状態を0と1で表示すると左から順に(10010010)になります。この数字を8ビットの2進数として読み替えると10進数で146(=1×2^7+0×2^6+0×2^5+1×2^4+0×2^3+0×2^2+1×2^1+0×2^0)となります。任意の初期状態に任意の規則を適用すると、ステップを進めることで様々なパターンが出現します。規則146により出現するパターン(それを状態遷移図と呼びます)の例を示します。この図は”Wolfram mathworld”からお借りしています。(詳細はこちらhttp://mathworld.wolfram.com/ElementaryCellularAutomaton.html)このパターンは空間的広がりを行方向、時間的広がりを列方向にとり、マトリックス表示しています。このように与える規則によって異なった状態遷移図が得られます。

 次に、CAの定義に基づき、規則正しく配列させた二次元CAモデルによる基本的な局所規則を考えてみましょう。二次元CAの基本モデルとして図の二つの近傍がよく知られています。一つは、中心の対象セルに隣接した上下左右の四つのセルから構成するノイマン近傍です。もう一つは、周囲の八つのセルからなるムーア近傍です。

 ここでは、ムーア近傍を基準に、いくつかの近傍規則を見てみましょう。まず、コンウェイ(J. H. Conway)のライフゲームです。このゲームは初期状態に応じた空間的パターンを追跡して、その時間的移り変わりを楽しむものです。セルの状態は、一次元CAモデルのように、それぞれ0か1のいずれかの値をとります。具体的な局所規則の例を下図に示しています。中央の対象セルが隣接した近傍の状態でどのように変化するかを表しています。セルの状態は白四角(0)と黒四角(1)です。対象セルとその近傍の合計九つのセルの状態和が4であるとき、次ステップで対象セルは同じ状態を保ちます。総和が3のときは1の状態、それ以外は0の状態とします。


 
 これは、バクテリアなどに見られる生存状況に置き換えると、次のように解釈できます。生(1の状態)と死(0の状態)において、生の状態で周囲が2~3個体生存していると快適な状態で、自身も生存ができます。反対に、過密(4個体以上)や過疎(1個体以下)だと自身は生存ができなくなります。また、死滅している状態でも、周囲に3個体生存していれば、適切状態とみなされ生命は誕生します。このことからライフゲームという名称がつけられたのだと思います。
 
 次に、セルの状態が1と0の二つではなくて、三つの場合に拡張してみましょう。いま、各セルが-1、0、+1のいずれかの値をもつことにします。更新の規則は次のように設定します。ムーア近傍に+1の状態が二つあるとき、対象セルがー1であれば0に、0であれば+1に、+1であればー1にと次ステップのセル状態を決めます。他の場合は変化させません。この規則だと、ライフゲームとは変わったダイナミックな状態遷移パターンが得られます。
 
 最後に、物理現象に関連したCAのモデルを考えます。例として、状態が0~255の値をもつ256の状態が設定できるセルを想定します。規則は、ムーア近傍八つのセルの状態平均値を整数化し、その値を次ステップの対象セルの値とする単純なものです。初期状態として系の一部のセルに大きな値を与えると、ステップを繰り返すことで、徐々に数値が系全体で均一化するように広がります。このモデルは、熱などの拡散現象のシミュレーションに対応します。また、近傍セルの状態平均値の整数化した値に、1などの正の整数を加えた値を次ステップの対象セルに設定することを考えます。ただし、セルの値が256以上になったときは、256を引く操作もいれます。これは沸騰現象をシミュレートしたCAモデルとなります。
 
 ところで、現象を追跡できる正当性が示されるなら、モデルを規則正しい空間配列に限定する必要もありません。局所規則を用いた更新が同期的である必要もありません。ここまでの二次元CAの説明では、セルの状態を離散値の有限集合に限定しました。しかし、これを限定する必要もないですし、ノイマン近傍やムーア近傍だけでなく、近傍の定義も一次元CAのように様々に設定できます。CAのモデルは、近傍の状態のみで対象セルの状態を規定する方法と解釈すべき自由度の高い計算法であり、近傍の取り方と局所規則に対するユーザの発想が重要となります。
 

【文献】林業と環境-第1章 森林利用の段階

序説 林業政策の概念、内容、意義
 ハーゼルさんは冒頭に林業政策の意味を述べます。

     林業政策は2つの顔がある。学問としては林業学の一部であり、森林と人類社会の場所的、時間的、経営ごとに変化する多様な関係、森林と林業の経済的、国土保全的、国民の保健的課題の検討並びに森林所有者にこれらの課題の達成を可能にさせるための国家ないしはそれに準ずる機関の作用に関して考究することである。また一方で、林業政策的目的概念と秩序づけ概念を現実に移すことを課題としているような国家の機関あるいは国家によって委任された機関の実践的活動でもある。林業政策は、森林と林業に課された課題が持続的に理想的な形で達成されるように絶えず配慮を行うことであるということもできる。この学問と実践の両側面は学問的認識の上に林業政策的活動が構築されるということにおいて、互いに密接な関係を保っている。

この学問と実践の両側面は学問的認識の上に林業政策的活動が構築されるということにおいて、お互いに密接な関係を保っています。
 林業政策の本質に精通しようとするならば、「政策(Politik)」の概念をつまびらかにしておく必要があります。政策というのは、単に国民の特定層や特定集団のためでなく、人類社会の一般的な発展と福祉を指導目標とする活動を包括しています。この意味においては、政策は共同社会の管理を課題として、公共の福祉の実現ならびに国民個々人、その集団、全国民共同体の生存に対する配慮を目的としているような国家的機関または国家から委任された機関の活動であると理解されるでしょう。
 林業政策は林業学の1部門です。林業政策的問題の学問的な取り扱いは、森林の生態、林業の特色、林業経営の多様な形態に精通していることが前提とされるので、林業学の教育を受けた人だけ独特の領域なのです。林業政策的問題の研究は林業経営と林業行政のあらゆる分野にわたる詳細な実務経験を前提としていて、現実から離れた理論化や一方的な法律論になることは避けなければなりません。
 林業政策は中央官庁の活動や内閣次元で重要な役割を演じます。内閣や中央官庁で林業政策の基準線が作られて、それを基礎にして下級官庁が活動します。過去に北ドイツでは、国家的な森林行政が国有林だけに関心を示し、国有林を外部からの干渉と影響から守ることだけを試みて、私有林にはほとんど関係しなかったということがあったり、森林の国土保全的使命と国民保険的使命があまり重要視されていなかったりしました。これに反し南ドイツでは、森林所有の分化と森林行政の市町村有林や私有林に対する活動が相当古くから行われいたので、林業政策問題の論議を非常に促進して、林業政策の学問が形成されました。
 実践的活動としての林業政策は「政策とはあらゆる変化する要素のなかで最も合目的なことで最も損害の少ないことを行う能力である」とビスマルクは言いました。林業政策の目指すところは、政策的な行為をする人々に判断の基礎と実行手段を提供して、政策行為を受け入れ得る社会的素地を作ることです。
 林業政策も所詮は、一国を支配している政治的、経済的、社会的な見解と状況の産物です。したがって林業政策的な理解、処置、目的も時代の変遷につれて変容してきたし、国や地方によっても全く異なっています。つまり、林業政策論には、場所的、地域的な特色の解明、歴史的な関係の明確化、現象と処置に関する歴史的条件の解明等が非常に重要になります。私たちは、なぜ林業政策的措置がある時期とある特定地域では林業の発展のを促し、また促さなかったのか、なぜ同じ州内であるにもかかわらず同じ課題について異なった林政的規制が地域的に並列的に成立したのか、なぜ重要な課題が未解決にされてきたのか、を知らなければなりません。
 林業政策は将来を指向し、社会と経済の変化を先取りして対応しなければいけません。しかし、林業家は自らの行動の限界も知っていなければなりません。その限界は森林の位置する自然環境や、森林所有者自身の経済力と経営目的によって示され、また政治的与件によっても規制されます。限界は林業政策の願望が公共のより切実で重要な願望と矛盾するような時には林業政策そのものにも課せられます。木を見て山を見ないといったあまりにも狭量な考え方は慎まなければなりません。数十年からときには百年以上にも及ぶ森林の生産過程がほかの産業にはわからないようないろいろな問題を伴います。林業では行為の実行・不実行の成功・不成功は長い時間の経過の後にはじめて明らかになるのであり、短期間にはわかりません。
 林業は一般社会に向かって門戸を開き、公開の場での質疑に応ずる姿勢を示さなければならないし、林業政策学者も自己の専門分野に傾倒するばかりではなく、森林および林業に携わる人々を広く林業政策問題に精通させるよう努めなければなりません。この課題の達成を本書に託したいと思います。
   
第1章 森林利用の段階
 森林の利用は必然的な段階をふみながら展開してきました。国や地域による森林利用形態の違いは、まさに発展段階の表現であって、先進後進の差はありますが、全て同じ方向を指した発展過程の途上に位置づけされます。現在の地球上にはかつてドイツに存在していた森林の利用形態が見ることができます。私たちは今もそしてこれからも、いろんな形の森林が利用されていくのを見ることになるでしょう。
 太古の昔、ドイツ辺りには大森林があって、そこは人類の食糧採取と狩猟の場でした。旧石器時代後期には、森林は優先的に狩猟地として利用されました。新石器時代は、定住するようになった人類が耕作や牧畜に移行してからは、狩猟は次第に紳士の特権になっていきました。森林と人類の間の関係がもう一歩進むと、農業による森林の利用が行われます。森林の多い地帯では数百年間、森林の利用と農業の間に非常に密接な関係が成立します。まだ発展していなかった農業は、農業自体の存続と食糧生産のために森林の利用が必要でした。19世紀になってやっと近代的農業の形成によって古い森林利用形態は終わり、いまや林業は独立し、工業時代の用材生産の課題に専心することができるようになりました。
 牛の林内放牧は、森林の衰退をもたらします。アルプス地方やシュバルツバルトで部分的に何百mも森林限界を引き下げました。現代的農業のジャガイモの栽培と、舎飼いが転換期をもたらして、林内放牧は無用になりました。19世紀には山岳地帯周辺に限られるようになります。これは現代農業の展開と、地方における社会的状態の根本的な改善が、森林を林内放牧から解放したということです。と同時に、森林と放牧地を分離する原則が、農業と林業に有利であることがわかりました。
 ドイツでは林内放牧は行われなくなりましたが、その代わりに落葉採取が開始されました。これは、当時の舎飼いで農業経営では供給できないほどたくさんの敷き藁を必要としました。そこで広葉樹の落葉を家畜小屋で使うようになりました。1750年以来、落葉採取は特に広葉樹地帯と住居に近い森林で、想像を絶する規模で行われました。森林内の落葉採取は、重要な養分を取り去り、土壌の構造と性質を悪化させて天然更新を不可能にし、あるいは材木の成長と健康に大きな害を及ぼします。ドイツにおいて、19世紀から今日まで持続されている広葉樹から針葉樹への大規模な林種転換の最初の動機は林内放牧と落葉採取の帰結に見出されます。地力に対する要求の少ない針葉樹(トウヒとマツ)に移行するほかに仕方がなかったのです。しかし、荒廃した広葉樹林のかわりに現れた針葉樹林は、広葉樹よりも暴風雨、雪、昆虫、その他の数多くの被害にはるかに弱いのです。したがって針葉樹への森林のやむを得ない転換と成長量の増加は、経営安定性の減少に結びつくのです。
 その他の森林利用の重要な段階の一つに、森林の開墾があります。すでに新石器時代には、大規模な開墾が実行されていました。その後も森林は人口の増加、居住地の拡大、食糧需要の増大につれて開墾されます。ドイツにおいては中世時代に最高に達して、三百年の間に今日私たちが目にするような景観の森林と農地の分布になりました。しかし中世時代の終わりには、すでに森林を維持する努力が行われていました。それは森林がいかに大切であるかが認められてきたからです。森林開墾はその後、領主や地主の許可がなければできなくなります。以来、農地と林地の分布はだいたい固定されています。このようにして、最高時に70~80%であったドイツの森林率が、現在29%(2010年は約31%)に減少しています。
 材木その他の林産物の利用の開始は占取を形造り、必要な樹種の木材が運財の便の良い場所で単木的に収穫されました。占取(Okkupation)とは、法律用語で無主物を占取することを意味します。占取は目立たない程度に森林を侵害していき、人口増加と需要増大とともその干渉は強まります。官憲の監督がないとついには森林の荒廃をきたします。官憲による森林収穫の秩序付けと監督はドイツでは比較的早く行われました。無規制な占取の後に続いて「伐採規制」が行われました。
 林業への道の発展段階のうち、林業の直前の段階で掠奪が行われます。掠奪(Exploitation)とは、一定の商業または工業への供給を目的とした森林への大面積の侵害または保続性を無視して金銭的利益を得るために行う森林への大面積の侵害のことです。ドイツではそれは初期資本主義時代からありました。重商主義の時代にガラス工場、製塩場、鉱山、製鉄所への供給のために行われた林木収穫は多分に掠奪の性質を持っていました。18世紀に山岳地帯の湖や小川を筏流しに利用するようになると広い地域にわたって大面積の森林荒廃が起こり、大規模の皆伐も行われました。18世紀後半から19世紀の初期にドイツでは林業への移行が行われました。数百年間森林に依存していた工業は、石炭の採掘ととも森林から独立していきます。いまや発展した交通は木材の陸上輸送と長距離輸送を可能にしました。そうこうするうちに台頭した工業化は林業の生産目的を全面的に用材に移行させていきました。
 ハーゼルさんは林業の概念を次のように定義しました。 ”林業は、森林という植生形態のなかに存在している自然力と物質が、専門的知識に基づいて、収穫と保育に意を用いた計画的で保続的な経済的活動の対象になるところに存在している。” この定義は、原材料機能と所得機能が林業の第一義的な課題であり、そして森林の保全機能(気象、空気、洪水調節、水源涵養、土壌維持、地力などに与える森林の有利な影響)は、保育された経済林で最適に果たされるので、保全機能に特別な考慮を払うことは一般に不必要であるという19世紀に確立した理念に基づいています。また、 ”木材危機に対する配慮が専門知識的、計画的、保続的な林業の理念を成立させ、現在のための収穫とともに将来の世代の収穫も考慮しなければならないという信念によって森林の利用が実施されたときに林業(Forstwirtschaft)という。将来の世代の需要充足も完全に確保されるような範囲においてだけ森林の収穫は行われるべきであると理解されている。” と記しています。
 林業とは、森林の多様な課題を保続的に最適に実現することです。材木生産と公共へのサービス提供という林業の二重機能が工業時代の林業の指導理念を形造ります。それは政策と経済における林業の立場を規定し、総体の経済の中で林業独特の立場を基礎づけています。社会に対する森林所有者の立場も影響を受けます。森林所有者は他の土地所有者よりも強く社会に対する義務を負わされています。しかし、社会的利益の観点からも森林所有者の利益の観点からも森林の保続性は最も大切なことです。
 林業は保続性という本質的な特徴を常に伴っています。保続性の概念は時代の経過にしたがって数多くの解釈が行われ、林木生産、林木収穫、林種収穫、貨幣収益に関係づけられました。しかし、これらの解釈は林木生産経営だけを対象としていて、森林の公益的機能を正当に取り扱っていません。私たちは「現在生きている世代が与えられているのと同じ効用を子孫が森林から抽き出すことができるように」計画することを要求した Georg Ludwig Hartig にさかのぼらなければならない。
 保続的林業経営の要求は林業以外の産業部門にはない特色です。それは林業の生産期間が農業や工業のように、数日、数週間、数ヶ月といった期間ではなくて、数十年あるいは百年以上にもわたっていることに関連しています。森林所有者はその前の世代が働き、保育し、節約したものだけを森林からの収穫として手に入れます。林業のように過去、現在、未来が密接に結ばれている産業部門は他にありません。林業は世代を結びつけるのです。
 林業は森林所有者に農業や工業とは比較するものがないような精神的な態度を要求します。この将来のための思考と活動は特殊なものであって、林業以外のあらゆる種類の人類の活動に対比して林業を特徴づけ、区別します。林業のこのような道徳的思考を特徴付けるために森林家精神(Waldgesinnung)という言葉が使われます。森林家精神とは、森林に対する森林所有者や国民の内面的態度、公共と子孫の利益の維持のために犠牲と制約を自己に課す義務の感情をいいます。一国の森林立法はそこに支配的に行われている森林家精神、つまり、公共のために犠牲を引き受け、あるいは指令する準備の反映です。
 

【文献】林業と環境

林業と環境 (Waldwirtschaft und Umwelt)
著者:カール・ハーゼル
訳者:中村三省
発行所:社団法人 日本林業技術協会
発行:1979年1月30日
 
本書は、1979年に出版された現代西ドイツの林業政策学の本です。著者 Dr. Karl Hasel は その著書Waldwirtschaft Und Umwelt を1971年にパウルバーレイ出版社より発行しました。日本語訳者は中村三省氏です。
少し話しが長いので何稿かにわけてこれから紹介していきたいと思います。
 
目次
序説 林業政策の概念、内容、意義
 
第1部 森林と人類社会の関係
第1章 森林利用の段階
 1.1 食糧供給と植民の場としての森林
 1.2 占取
 1.3 掠奪
 1.4 林業
 
第2章 林業政策的機能論
 2.1 面積機能
  2.1.1 世界の森林面積
  2.1.2 ヨーロッパの森林状態
  2.1.3 西ドイツの森林状態
  2.1.4 西ドイツの森林所有
 2.2 森林の保全機能
  2.2.1 一般論
  2.2.2 保全作用の各論
   2.2.2.1 気候に及ぼす森林の影響
    2.2.2.1.1 気温に及ぼす森林の影響
    2.2.2.1.2 降水量に及ぼす森林の影響
   2.2.2.2 森林の空気浄化作用
   2.2.2.3 森林の騒音防止作用
   2.2.2.4 森林の放射線防止作用
   2.2.2.5 水収支、水浄化、水供給に及ぼす森林の利用
    2.2.2.5.1 森林の水調節機能
    2.2.2.5.2 清潔な水の供給
    2.2.2.5.3 水供給の増大
   2.2.2.6 土壌維持と地力に対する森林の作用
    2.2.2.6.1 水による土砂流出の防止
    2.2.2.6.2 洪水の阻止
    2.2.2.6.3 風触の阻止
    2.2.2.6.4 なだれ、その他の自然災害に対する保安
  2.2.3 森林の保全機能の結論
 2.3 森林の休養機能
 2.4 森林の原材料機能
 2.5 森林の所得機能
 2.6 森林の予備機能
 2.7 森林の労働機能
 2.8 森林の財産機能
 2.9 森林の狩猟業的機能
 2.10 森林文化的機能
 
第3章 他産業と林業の関係
 3.1 農業と林業の関係
 3.2 森林と工業の関係
 
第4章 林業と国土保全
 
第5章 国土秩序づけにおける森林と林業
 5.1 国土秩序づけと州土利用計画の成立、ならびに工業社会におけるその意義
 5.2 国土秩序づけと州土利用計画の概念
 5.3 森林と国土秩序づけの関係
 5.4 国土秩序づけと州土利用計画の教育
 5.5 一般的にみたドイツ連邦の国土秩序づけの現状
 5.6 ドイツ連邦国土秩序づけ法
 5.7 州土利用計画
 5.8 州土利用計画に対する森林管理局の寄与
 5.9 市町村計画(建築指導計画)
 
第2部 林業政策論応用編
第6章 森林政策の担い手
 6.1 連邦
 6.2 州
 
第7章 林業関係団体
 
第8章 森林立法
 8.1 一般論
 8.2 1945年までのドイツにおける森林立法の歴史
 8.3 森林立法と法律秩序
 8.4 連邦森林法公布までのドイツ連邦の森林立法
 8.5 森林立法の一般論
  8.5.1 連邦森林法公布までの各州の森林立法の状態
  8.5.2 1975年5月2日の連邦森林法
  8.5.3 今日の森林法はいかにあるべきか
  8.5.4 全森林所有形態に対する森林の一般的規定
   8.5.4.1 森林法の目的
   8.5.4.2 森林の法律的概念
   8.5.4.3 森林所有形態
   8.5.4.4 森林基本計画
   8.5.4.5 森林機能の確保
   8.5.4.6 森林の維持
   8.5.4.7 原野造林
   8.5.4.8 森林の経営
    8.5.4.8.1 森林所有者の基本的義務
    8.5.4.8.2 保続的林業経営
    8.5.4.8.3 保育的林業経営
    8.5.4.8.4 私有林における皆伐の認可義務
    8.5.4.8.5 自然災害と森林火災に対する保全処置
    8.5.4.8.6 林道の建設と維持
    8.5.4.8.7 森林の計画的経営
    8.5.4.8.8 林業専門的知識による林業経営
    8.5.4.8.9 環境に対する森林経営の配慮
    8.5.4.8.10 森林の隣人権
   8.5.4.9 保安林
   8.5.4.10 休養林
   8.5.4.11 森林内への立入り
   8.5.4.12 森林所有者に対する補償
   8.5.4.13 費用の補償
   8.5.4.14 林業の助成
   8.5.4.15 森林監督と森林所有者に対する助言
   8.5.4.16 森林官庁の役割りと権限
   8.5.4.17 森林委員会
第9章 連邦有林
 
第10章 国有林
 
第11章 団体有林
 11.1 市町村有林
  11.1.1 市町村有林の構造的特徴
  11.1.2 市町村有林の機能
  11.1.3 市町村有林規制の法律的基礎
   11.1.3.1 市町村の自治
   11.1.3.2 市町村の監督
   11.1.3.3 市町村有林に対する森林監督
   11.1.3.4 市町村有林と市町村の関係
   11.1.3.5 市町村有林の面積状態からの結論
  11.1.4 市町村有林規制の各論
   11.1.4.1 市町村有林の森林区画
   11.1.4.2 市町村有林における森林技術施行実行
   11.1.4.3 州による施業実行
   11.1.4.4 市町村有林における森林経営業務
   11.1.4.5 市町村の費用負担
   11.1.4.6 市町村有林の施業計画の作成
   11.1.4.7 経営原則
   11.1.4.8 過伐
 11.2 その他の公法の団体の森林
 11.3 共同体有林
 
第12章 私有林
 12.1 大私有林
 12.2 中規模私有林
 12.3 小私有林
  12.3.1 小私有林に関する研究と学説
  12.3.2 小私有林の成立
  12.3.3 統計的基礎
  12.3.4 小私有林所有者の類型別特徴
  12.3.5 小私有林の面積と構造に与える相続習慣の影響
  12.3.6 小私有林の機能
   12.3.6.1 必需品としての農家有林
   12.3.6.2 面積機能
   12.3.6.3 原材料機能
   12.3.6.4 所得機能と予備機能
   12.3.6.5 労働機能
   12.3.6.6 保全機能
   12.3.6.7 結論的考察
  12.3.7 小私有林所有への助言
  12.3.8 助言以外の農家林振興措置
  12.3.9 小私有林に関する森林法の規定
 
第13章 林業経営の構造改善と給付改善
 13.1 山林利用権の規制
 13.2 林地売買の監督
 13.3 森林交換分合
 13.4 森林組合
  13.4.1 森林組合の概念と体系
  13.4.2 森林組合の目的の変遷
  13.4.3 現在の森林組合
   13.4.3.1 森林財産組合
   13.4.3.2 経営組合
 13.5 新時代の森林組合のあり方
 13.6 森林組合に関する連邦法
 
第14章 結びにかえて
 

【文献】東山/京都風景論

東山/京都風景論
 

編者:加藤哲弘・中川理・並木誠士
発行所:昭和堂
発行:2006年5月15日
 
目次
はじめに
第1章 東山から考える―景観論・風景論
第2章 描かれた東山―景観史と美術史の間で
第3章 趣味世界としての東山―東山でおこなわれた茶会をめぐって
第4章 「背景」としての東山―第四回内国勧業博覧会と平安遷都千百年紀年祭を通して
第5章 守られた東山―名勝保護政策をめぐって
第6章 景観としての東山―近代における神楽岡地域の再構成
第7章 管理された東山―近代の景観意識と森林施業
第8章 東山をめぐる二つの価値観
東山の議論から見えてくること
 
 本書は、加藤哲弘・並木誠士氏らが活動している「景観?研究会」の成果について東山を主題としてまとめたものです。景観という視点から実際の風景のみならず、その風景に至る歴史やその内面にある東山の多様で豊かな様態について、美学から景観工学まで幅広い分野より議論されています。本文は「景観」という多様で曖昧な概念の定義について考察している第1章から、第2章では東山のイメージを美術史の立場から検討し、第3章では茶会を通しての近代の東山の景観を眺めていて、このように第8章まで著者らの専門的観点から東山の景観について論じる構成が続いています。各章の詳細はここでは取り上げませんが、特に、東山の森林管理に関して直接触れている第7章「管理された東山―近代の景観意識と森林施業」について少し考えてみたいと思います。
 
 日本には760万ha(国土面積の約21%)の国有林があって、現在は林野庁が管理経営を行っています。その内の約8%が京都大阪にあり、京都市のみになると全体のわずか2%となります。このわずか2%しかない京都市の国有林ですが、その多くが明治初期の「社寺上知令」によって国有林に編入された旧社寺領です。また、市内の国有林は重要な文化遺産などの背景として多くが所在しています。例えば、東山に位置する高台寺山や銀閣寺山などがそれです。北山には鞍馬山国有林が、西山には嵐山国有林があります。国際観光都市でもある京都の街並みと国有林を含む山並みを含むこの景観は、観光資源としての価値もあり、そこに他の国有林にはない特殊性が垣間見られます。
 
 一般に幕末から明治初期にかけては、全国的に森林が最も荒廃した時期だと言われています。京都でも民有林を中心に乱伐が繰り返され、そのまま植林されることなく、はげ地となった山も少なくありませんでした。明治政府の監督不行き届き、開墾の奨励、財政補填のための官林の払い下げ、土地所有権の確認に伴う森林処分の自由化、建築ブームによる木材価格の高騰、陶業など各種産業の隆盛による薪炭需要の増大などが、荒廃の原因として指摘されています。
 
 明治初期に乱伐を受けた東山は、その後どのような姿となっていったのでしょう。1884年(明治17年)から1890年(明治23年)にかけて実測された「京阪地方仮製二万分一地形図」と、当時の文献史料、後の林相調査などから、明治中期頃のおおよその植生を知ることができます。これによると、南禅寺から南の山々では、背の低いマツ主体の林が頂上から山裾付近まで山を広く覆っていて、マツのほとんどが樹高2~3m以下のアカマツであったようです。明治中期に東山を覆っていたアカマツ林は、江戸時代からのものではなくて、その樹齢から明治初期の乱伐後に成長したものであることがわかっています。このように東山の近代は、乱伐とその後に成長してきたアカマツ林の景観から始まりました。
 
 余談を少し。東京帝国大学林学科教授だった本多静六(ほんだせいろく)先生は、1897年(明治30年)に「赤松亡国論」という警告的論文を著して、アカマツ林の増加は土地の衰退を意味するものであって、このままでは日本はやがて砂漠化し、国が滅ぶと訴えました。その衝撃的な内容は、科学的に矛盾が多いものの、乱伐跡地にアカマツ林が広がる状況が、当時、京都に限らず日本全国で見られたことを示しています。本多先生は、日本の「公園の父」と呼ばれ、数多くの公園などを設計されています。東京の日比谷公園(1901年)や奈良公園、驚いたことに滋賀県の大津森林公園の設計にも携わっておられたようです。また、現在の東京大学農学部を卒業後、林学を学ぶためにドイツへ留学されています。現在のドレスデン工科大学林学部とミュンヘン大学です。ドイツでの博士号は経済学ですが、その後林学も取得されています。ドイツでどんな活動をされていたのか、かみつキッドには少し気になるところです。
 
 東山は、市街地から望む部分に社寺上知林や社寺境内林が多く、その管理は東山の景観に大きな影響を与えました。社寺上知林の大半は明治以降、国有林に編入され、1886年(明治19年)までは京都府山林掛、それ以降は農商務省によって管理されることになります。明治10年頃から国有林は禁伐主義による森林管理が展開されることになります。しかし、風致や景観に対する意識は見られるものの、こうした禁伐を中心とする森林管理は、禁伐林に指定するだけで、積極的な景観保全を意図したものではありませんでした。明治期から大正期にかけての森林管理は、乱伐の防止と国による直轄管理体制の確立が急務であって、景観整備に踏み込む段階には至っていなかったのが実情でした。
 
 積極的とは言えない国の森林管理に対して、京都内部には強い危機感があり、早い時期から様々な森林保護の動きが見られました。こうした動きで注目されるのは、府による名勝地の公園化計画です。これは名勝地を公園として位置づけることで、府が森林の管理権を掌握し、その整備を図ろうとするものでした。嵐山、清水寺などが公園の候補地としてあげられました。明治10年後半には、琵琶湖疏水工事など近代化を進めた時期にあたり、名勝地の公園化計画もまた、こうした都市整備事業の一つとして構想されました。

 1918年(大正7年)、京都市は東京市区改正条例の準用を受けて、1920年の都市計画法の施行によって都市計画の審議に本格的に着手しました。山が市街地に接近する京都では、都市計画の策定にあたって、名勝地を含む山の扱いが様々に論じられ、山地を積極的に取り組んだ京都独自の都市計画案が練られていきました。1930年(昭和5年)には、市の東部、北部、西部の山麓約1500haが風致地区に指定されます。風致地区として指定されることにより、面的かつ一体的な保護の網が掛けられるようになりました。それまでは、部分的な植林や伐採規制以外は、史跡名勝天然記念物保存法による点としての保護と、森林法の風致保安林指定による禁伐保護に限られていました。
 
 風致地区指定などに示される山に対する関心の高まりは、自然が観光資源として経済的に高い価値をもったことがその背景にありました。明治以降は海外からの観光客も増加し、大正期になるとさらに交通機関の発達などによって、一般の人々の間にも旅行や郊外レクリエーションが流行します。京都では全国で初めて観光課を設置するなど、観光を重視する姿勢を強く打ち出していきます。こうした観光資源としての自然環境整備は、同時に開発を伴うものでした。東山でも大正時代末以降は、森林を禁伐保護とする一方で、観光開発も盛んに行われました。こうした観光の流行に加えて、昭和初期には、山林や屋敷林、社寺境内林などその土地独自の景観を「郷士風景」として見直そうとする動きが全国で見られるようになります。「郷土風景」とは、そこに住む人々の働きかけによって生まれる自然風景のことを指します。自然が都市計画の中に位置づけられ、また、観光資源、郷土風景として評価されたことで、昭和初期には都市における自然をどのように扱うべきかといった議論がされるようになりました。京都においては、東山を含む市街地周辺の山が創造すべき自然景観として挙げられました。
 
 東山に都市計画や観光など様々な視点から注目が集まる一方で、実際の山は徐々にその姿を変えていきます。明治中期に東山を覆っていた低いアカマツ林は、昭和初期には人の手が入らなくなった部分から異なる樹種の林へと変化していることが指摘されます。アカマツは陽性の樹種で、乱伐の跡地や過度に森林が利用されている場所には生育しますが、大きく密に成長してしまった林では、後継樹としてアカマツは育たないことがわかっています。こうした林相の遷移は、明治期から禁伐林に編入され、古損木の除去をおこなう以外はほとんど手をつけない状態におかれた国有林で顕著でした。昭和初期の東山の林相は、まだアカマツ林が広がっていましたが、中腹以下ではすでにシイなどが侵入して、一部ではシイとマツの混交林になっていました。東山の林相が早いスピードで遷移した原因は、風致保護を理由に採られてきた禁伐主義にあります。林相の遷移を招いた禁伐主義に対する批判と、景観保護のための積極的な施業の必要は、昭和のはじめごろから学界でもしばしば取り上げられました。そしてそれは、森林施業の現場で、より現実的な問題として受け止められていくことになります。
 
 国有林の具体的な施業内容は、国の機関である営林局によって決定され、施業案説明書としてまとめられました。京都府にある国有林については、第三次検討の施業案までは原則的に禁伐という内容にとどまっていましたが、その後それを否定し、1929年(昭和4年)度の施業案では、新しい景観保護の考え方を実際の施業において実現しようとする、最初の試みが見られました。この施業案では、特に東山を取り上げています。アカマツが減少している状況を危惧して、アカマツの景観がいかに京都の背景として重要であるかを指摘し、アカマツを育てることが施業の目的とされました。具体的には市街地から見える部分は、アカマツを基調として、そのなかにカエデ、ヤマザクラの鑑賞樹やヒノキ、シイなどが混交する森林が目指され、アカマツの造林や保護を中心に計画されました。東山については、景観上特に重要であることから、嵐山とともに個別に施業計画を作成することが決定されます。それが「東山国有林風致計画」です。
 
 当初、目指された姿はアカマツを主体とする明るい林の中に、ヒノキやシイの濃緑の林が部分的に入り込むことで景観を引き締め、落葉樹が四季の変化をもたらすという景観イメージでした。しかし、1934年(昭和9年)9月の室戸台風によって東山は甚大な被害を受けます。これにより、施業計画の内容は復旧が差し当たっての目標となり、景観をコントロールするための施業については、将来の足がかりとなる指針を示すにとどまりました。しかしながら、「東山国有林風致計画」は、見る側と見られる側という市街地と東山との関係を明確にし、その関係においてふさわしいと考えられた姿を、「計画」という近代的概念を通して実現しようとしたものとして重要なものになっています。
 
 「東山国有林風致計画」を作成するにあたり大阪営林局は、行政官や有識者、東山関係者を集めて「東山風致復旧計画座談会」を開催しています。これは、災害復旧の状況を説明するとともに、今後の森林施業について意見を聞くことを目的としていました。室戸台風の被害を契機に、東山の景観をいかにすべきかという課題が、森林管理者のみならず、住民全体の問題として共有され、そのことによって、東山の存在意義、景観を維持するうえでの問題点が顕在化していきました。
 
 近代において東山は、乱伐による荒廃、アカマツの成育、そしてアカマツからシイやカシへの遷移という景観変化を経験しました。それは、近世的里山利用の終焉と管理形態の変容、風致保護の名のもとに採られた禁伐主義の結果としてもたらされたものでした。そして、人々は山の景観変化を目の当たりにして、山をもっぱら眺める対象としてとらえ、植生を人為的にコントロールしようとする風致施業計画へと辿り着きます。その過程は、東山の景観が歴史的文脈から切り離され、生活行為の投射体としての役割を失っていく過程でもありました。言い換えれば、景観が体現していたのは、東山が身体経験と乖離し、客体化していくプロセスだったのです。近代の都市計画および風致施業計画において、東山は都市の構成要素、景観要素としてとらえられ、「計画」のもとにその扱いが決定されることになります。この「計画」の概念の導入こそが近代の景観意識の基本的特徴であって、「計画」は東山と都市空間とを近代という時代が求めた関係において、再びつなぎ合わせる役割を果たしたといえるでしょう。
 
 「都市における自然は、歴史を通して人為的に操作されることで生活と結びつき、その存在が受け入れられてきた。」とは冒頭部の一文です。この東山の森林管理と景観意識の事例は、その言葉に集約されるような印象を受けます。簡単なおさらいです。東山を中心とした京都の山並みは、近代になるとまず「管理」の対象となります。これは東山の景観意識からくるものです。誰がどのようにしたら山並みを合理的に維持していけるのかということが課題となりました。そして、その後に「計画」の対象ともなります。公園都市として位置づけられた京都は、山並みも都市計画の対象とされました。こうして近代社会は、それまでの街の「背景」としてあった東山に街と同格の価値を与えていきました。これによって、東山は遠くに眺めるだけの存在ではなくなり、国や地方政治の政策対象となりました。それは同時に、東山の風景に「美しさ」という限定的な価値を与えることも意味していました。まさに風景や景観という概念から豊かな意味が失われていく過程を象徴しているようです。東山の森林管理の歴史から伺える景観意識の変遷は、景観という概念の根拠それ自体の変容を意味していると考えられるでしょう。
 
 しかし、こうした景観意識が実際の東山を大きく変えることはありませんでした。柳田國男は、他の地方に成育する樹木を、自分の住む村に移植しようとして失敗した経験をもとに次のように述べています。「土地と樹木との因縁は、われわれなどよりもずっと深く根強く、したがってまたゆっくりとしている。それをぜひとも見とどけなければならぬように、自ら義務づけることが物知らずであった。」最後に、著者は柳田國男のこの言葉を引用してこう締めくくっています。「生活行為がつくる景観と、計画によってつくることが可能な景観との差異を、近代の時間意識の限界を指摘しつつ示したものとして、近代の東山におこったできごとに対して示唆的である。」
 
ここで記載している内容は、そのほとんどが著者の文章をお借りしています。
 
 かみつキッドは2011年の夏に一ヶ月程度ですが、林野庁の出先機関である京都大阪森林管理事務所でインターンシップ生として研修をしました。その時、所長に読むことを薦められたのがこの本でした。ほぼ毎日国有林の現場を歩いてまわりましたが、現場を見たからこそわかることがあるものです。この研修の詳細は別ページに書くことにします。
  
参考文献
田中和博編:古都の森を守り活かすーモデルフォレスト京都―, 京都大学学術出版会, (2008)
大阪営林局:東山国有林風致計書, (1936)
東山/京都風景論, 加藤哲弘ほか, 昭和堂, (2006)