STAR WARS IDENTITIES 2016 in Munich

10. Oktober 2016

Die Ausstellung war interessanter als ich erwartet habe! In München habe ich STAR WARS IDENTITIES besichtigt und konnte die richtige Star Wars World erleben. Der echte Chewi ist so groß und ich konnte nicht die große Macht von Yoda spüren. Die Macht sei mit dir. Vielleicht gibt mir jemand Macht.

ミュンヘンで開催されているスターウォーズの世界を体験できる世界巡回展に行きました。実際に使用された衣装や登場人物が見れたり、キャラクターのデッサンがいくつもあったり、時間を忘れるくらい面白かった。映画では分からない実物のキメ細かな表情やキャラ設定は本当にすごい。良い作品はやっぱりどの角度から見ても良い。日本を巡回するのはまだまだ先のようだけど、もう一度見ても良いくらいだな。

Der echte Yoda, aber ohne Macht.
実物ヨーダしかしフォースは感じられない

Der echte Chewi, aber mit Macht und viel Impact.
実物チューバカしかしフォースとインパクト大

Der Entwurf von Tatooine
アナキン故郷の原画

Der kleine Jabba, aber so realistisch.
リアルなジャバ

Der fette Jar Jar Binks
ジャージャービンクス太いバージョン

Die wirkliche Geschichte von Star Wars
本当のエピソードはこうだったのか、、、

Anscheinend sind nur das Gesicht und die Hände von Harrison Ford

Treckerfahrer dürfen das!

28. September 2016

その名も、トラクターの旅。トラクターを愛する人々の様子が伺える番組でした。トラクターに乗りながら牛肉焼いたり、電気トラクターとレースしたり、トラクターのドライブインシアターイベントをしたり、今まで見たことないトラクターの一面が見れた。面白かった。これまで日本でこんな企画をしたことあっただろうか。農業の可能性は無限大だ。飛躍しすぎか。しかし、トラクターで旅をすることはなかなか思い浮かばない。

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Treckerfahrer dürfen das!

A wise man has said…

“Denn das bloße Anblicken einer Sache kann uns nicht fördern. Jedes Ansehen geht über in ein Betrachten, jedes Betrachten in ein Sinnen, jedes Sinnen in ein Verknüpfen, und so kann man sagen, dass wir schon bei jedem aufmerksamen Blick in die Welt theoretisieren.” (Goethes Anschauen der Welt) 

DAS ist das wissenschaftliche CREDO?

auf einem Konzert in Füssen / フュッセンの音楽会にて

その日は豪雨でした。
先日、青山学院大学のオーケストラがフュッセンにやってきました。

独日協会からのお誘いでチケットを頂きました。
曲目はワーグナー、モーツァルト、シベリウスで日本人のピアニストによる協奏曲もありました。
なぜシベリウスなのか、少し疑問ですが。
日本の「さくら」がよかった。
やっぱり日本の曲は情緒あふれていますね。
日本人だからなおさら感じるのかもしれませんが。

夜遅くになってしまったので、独日協会の会員さんのはからいでホテルに宿泊させていただきました。
会員さんはホテルのオーナーであり日本人ピアニストの旦那さんです。
なんでもフュッセンで一番大きなホテルだとか。

翌日、天気は良くなり朝ごはんもご馳走になりました。
昨日は豪雨だったのでレヒ川は濁流してました。

フュッセンの街を通り駅に向かいます。
平日なので通りに人影はわずかしかありません。

クレモナ展があったのですね、でも昨日で終了。行きたかった、、、。・゚・(ノД`)・゚・。

葉も色づき始めています。

もう季節は変わり秋になろうとしています。
かみつキッドも次のステップに移る準備をしなくては。

2012 Abschiedsabend der beiden Jugenddelegationen aus Nagahama und Amagasaki / 2012年長浜市・尼崎市青年使節団お別れ会

先日、滋賀県長浜市と兵庫県尼崎市からアウクスブルク市にお客さんが見えました。
2012年の青年使節団のみなさんでした。
団員は教育委員会や市職員や学生など、全員で20名ほど。
アウクスブルク市は長浜市・尼崎市と1959年から姉妹都市として交流しています。
その原点はディーゼルの技術を日本に伝えたヤンマーの創始者にあります。
毎年、どちらかの使節団が現地に派遣され国際交流をしています。
  
2012年は長浜市・尼崎市がアウクスブルク市を訪問しました。
8月末から一週間ほどの滞在で、学生は現地の家族にホームステイします。
私も滋賀県出身で研修生ということでお別れパーティに参加させてもらいました。
お別れパーティはモーツアルトハウスのすぐそばのパーティハウスで行われました。
綺麗に装飾されたテーブルでドイツ料理をいただきます。

  
アウクスブルクの市長さんも会場を訪れ、挨拶をしました。

 
こちらは使節団の団長さん。

 
そしてこちらは前回アウクスブルク市から日本へ訪問したときの団長さん。

 
学生たちからはお世話になった家族とドイツの人達にお礼をこめて、自分たちの故郷の紹介やゲームなどを披露しました。

 
こちらは独日協会の会長さんとホストファミリーとして3人の学生をお世話したポールさん夫婦。

 
こちらは長浜市青年使節団のリーダーさんです。

 
美しい花もこの交流の場を引き立たせます。

 
賑やかなパーティは夜遅くまでありました。
学生たちはとても明るく元気をたくさん分けてもらいました。
彼らと話していると自分は少し大人になったのかなと考えることもありました。’(それともただ老いただけ?)
公私ともに長浜市の方とは今後もお付き合いがありそうです。
ちょっと前までは国際交流とは全く関係のない生活をしていましたが、こんな人と人との付き合いも良いものです。
 
「パイオニアであれ」
 
ですね。
 

Die Aufführung mit japanischen “Freunde” in Ulm / ウルムでの友情音楽

ベートーベンの第九を聴きに行きました。

埼玉県川口市から数十名の日本人が参加されていました。
大震災後のまだ日本全体が不安定な中、日本で行われた第九演奏会のことは、以前にこのブログでも取り上げました。その音楽を通じて国を越えた温かい気持ちにはとても感動しました。
http://pakkurikamitsukid.wordpress.com/2012/01/08/jetzt-erst-recht-ein-kleines-konzert-in-japan/
 
今回は、反対に川口市の合唱団の方がウルムで第九を演奏するというものでした。
会場はプロテスタントのきれいで立派な教会でした。
大きなパイプオルガンに窓にはきれいなステンドグラスがありました。



  
お客さんはざっと500人くらいでしょうか。
オケピットは第九にしてはこじんまりしているようにも見えました。

 
第九の前に「コリオラン」がありました。
かみつキッドも2年ほど前にドイツで演奏した思い出の曲です。
 
ヨーロッパの教会はやっぱり音の響きが良い。
三楽章はやっぱり美しい。
合唱のテノールが大きな声だった。
ソプラノのソリストがきれいだった。 

体を揺らしリズムに乗るお客さんも見てると気持ちが良い。
お気に入りの旋律を口ずさむ隣のおばさんも良い。
ダメ出しをぶつぶつ言う後ろのおじさんも良い。

最後のパーカッションには少しハラハラさせられましたが、演奏会は無事に終わり、スタンディングオーベーションで幕を閉じました。
一生懸命に演奏されている(歌われている)方々を見て本当に感動しました。
マイヤーさんの指揮は分かりやすく、指揮をしながら笑顔で一緒に歌われている横顔を見て本当に感動しました。
やっぱり音楽はいい。オーケストラはいい。
今度は自分も第九を演奏したいと思いました。
 
すばらしい1日でした。どうもありがとうございます。
 

 

Frühlingsfest 2012 in Augsburg

2012年も恒例のアウクスブルク・シュバーベン独日協会主催の「日本春祭り」が開催されました。
 

 
俳句、生花、書道、折り紙、日本料理、武道、着物試着、餅つき、日本酒、尺八演奏、指圧、太鼓演奏、浮世絵紹介などなど、挙げればきりがないほど日本文化が味わえるお祭りです。
天気は前日の雨も通り過ぎ、晴れ間も見える良い日になりました。
しかしとても寒かった。
例年にも増し約6000人の来場者があったそうです。
 
今年は私も一応スタッフとして参加しました。
私の故郷でもある滋賀県を紹介するブースを担当しました。
毎年されている方が今年はお休みなので代役として不慣れながらも頑張りました。

 
1959年以来、バイエルン州アウクスブルク市と滋賀県長浜市は姉妹都市として交流しています。
その始まりはあのディーゼルエンジンの開発、ヤンマー創始者の山岡さんの功績からです。
それ以来、毎年のようにお互いに有志の使節団を派遣し文化交流を行ってきました。
しかし、東京や京都に比べて滋賀県はまだあまり知られていないようです。
まだ認知度が高いとは言い難い滋賀県ですが、山に囲まれ自然が多いこと、日本一大きな湖があることを伝えると、その魅力に共感する来場者は多くいました。
また、子供たちが信楽焼きのタヌキやひこにゃんのぬいぐるみに興味を惹かれる場面が多く見られました。
延暦寺のような伝統ある寺社があることや冬にはスキーができる山が近くにあることなど、大人たちも興味を示していました。
ちなみに、会場では毎年日本のお土産を販売するコーナーがあるのですが、今年は滋賀県の特産でもある扇子やお箸が一番人気でした。あと、コマや竹とんぼなど簡単に遊べる小さな遊び道具なども人気がありました。
 
インターネットの普及や国際競争力を増す航空会社により外国は色んな意味で近い存在になってきています。
日本のような島国でさえも確実に国を越えての交流が増えていっています。
これからも外国の文化や外国語はより身近なものになると思います。
アウクスブルク市と長浜市のようにより良い国際交流が続けばいいですね。
  
Die Initiative zu der beiderseitigen Partnerschaft ging von japanischer Seite aus. Magokichi Yamaoka, der damalige Firmenchef der japanischen Yanmar-Diesel-Werke, hatte als junger Student in München gelebt und dabei auch die Spuren Rudolf Diesels verfolgt. Nach dem Kriege stiftete er daher zum Gedenken an Rudolf Diesel den japanischen Gedächtnishain im Wittelsbacher Park und wandte zugleich seinen ganzen persönlichen und politischen Einfluß auf, um die beiden japanischen Städte Amagasaki und Nagahama, in denen sich Produktionsstätten der Yanmar-Diesel-Werke befanden, zu offiziellen Partnerstädten Augsburgs zu machen. 1959 wurde der Freundschaftsbund geschlossen, der zugleich der erste deutsch-japanische Schwesternstadtbund war.

Nagahama
liegt im Nordosten der Shiga-Präfektur, etwa in der Mitte Japans. Die Stadt steht auf einer Alluvial-Ebene, die vom in den nahen Bergen entspringenden Anegawa-Fluß gebildet wird. Eine abwechslungsreiche Umgebung durch Fluß-, Berg- und Seelandschaft zeichnet die Stadt aus, die zu jeder Jahreszeit ihre besonderen Reize hat. Die Entfernung zu den Großstädten Osaka, Nagoya und Kyoto beträgt nur etwa eine Zugstunde.
 
Nagahama, seit 1943 selbständige Stadt mit rund 55 000 Einwohnern, liegt am Biwa-See, dem größten See in Japan. Die Stadt ist Zentrum der Textil- Maschinenbau- und Chemieindustrie und hat unter anderem ein Zweigwerk der Yanmar Diesel Engines. Magokichi Yamaoka, der Firmengründer und Förderer der Städtepartnerschaften, stammt aus dem Gebiet um Nagahama.
 
Dank des fruchtbaren Ackerlandes und dem Schiffsverkehr auf dem Biwa-See war Nagahama schon im 5. Jahrhundert nach Christi eine kulturelle und wirtschaftliche Zentrale im Kohoku-Gebiet, dem nördlichen Teil am Biwa-See. Seit Hideoshi Toyotomi, dem ersten Herrscher über ganz Japan, hat sich Nagahama wegen der geographisch günstigen Lage zu einer Handelsstadt entwickelt. 1575 errichtete er hier eine Burg. Sie wurde 1615 zerstört, 1983 jedoch stilgetreu wieder aufgebaut und beherbergt heute ein historisches Museum.
 
Alljährlich im April findet in Nagahama eines der drei größten japanischen Schmuckwagen-Paradefeste statt. Das Hikiyama-Fest hat eine lange Tradition. Zu den Höhepunkten gehört das Kinder-Kabuki-Theater.
 
Nagahama ist reich an Sehenswürdigkeiten, wie herrlichen Tempeln und Gärten aus dem 16./17. Jahrhundert. Zu den Attraktionen zählt auch das historische Bahnhofsgebäude. Moderne Architektur, großzügige Promenaden und Parks prägen das Stadtbild. Die Aufgeschlossenheit der Bürger von Nagahama spiegelt sich in der großzügigen Stadtplanung und zahlreichen urbanen Einrichtungen.
 
Quelle:Stadt Augsburg HP(http://www.augsburg.de/index.php?id=233)

【文献】林業と環境-第2章10節 森林の文化的機能

 人に対して森がもっている作用は収穫機能や保全機能、休養機能だけではありません。森林と国民性や国民の民族的特色の間には密接な関係があるのです。ハーゼルさんによると、平地地帯の交易の多い地方の住民は、軽快・開放的・饒舌で商才があるが、森林の多い山岳地帯の住民は忍耐強く、独立的・無口・無欲で沈思する傾向があるそうです。 
 
 森林と国民性の関係は Wilhelm Heinrich Riehl によって100年以上前に研究され、彼の名著「Land und Leute (土地と人)」に記されています。
 
 森林家は、経済的理由から森林の維持を図ろうとするが、社会政策的理由による森林の維持も重要である。森林を根絶すると歴史的な市民社会は崩壊する。原野と森林のコントラストをなくすことはドイツ民族から生活要素を奪うことである。人間はパンだけでは生きていけない。われわれは仮に木材を必要としなくなったとしても、森林を必要とするであろう。肉体を温めるための木材をもはや必要としなくなっても、精神を温めるための森林の緑の活力と生長力の中になるものがますます必要となる。国民生活の脈動を暖かくそして、楽しく打ち続けさせるために森林を維持しなければならない。
 
 Hornsmann (1958) さんは言語、習慣、童話、伝説、歌曲、建築、絵画、詩、音楽に及ぼす森林の影響を指摘しました。姓名の中にも森林に関係のあるものがあります。Blatt、Zweig、Baumがそれ。多くの民話、例えばヘンゼルとグレーテル、赤ズキン、白雪姫、は野生動物や魔女の住む大きな暗い森林のなかでストーリーが展開します。
 
 偉大な音楽は自然と風景の数々の印象を再現しています。例えば、ハイドンのオラトリオ「四季」、ベートーベンのシンフォニー6番「田園」、ブラームスのシンフォニー2番、”Parsifal”の第3幕の Karfreitagszauber、さらに、ブルックナーやマーラーのシンフォニーとシュトラウスのアルプスシンフォニーが挙げられます。特にロマン派には、ウェーバーが”魔弾の射手”と”Euryanthe”で森林での体験を表現しています。シューベルト、シューマン、メンデルスゾーンの歌には森林の空気が息づいている。
   
これらの作品には、ドイツ人がいかに森林に愛着をもっているか、そして森林がドイツ人の故郷であり、力の源泉であることを言葉以上に的確に表現している。