【文献】社会シミュレーションの技法-拡張セルオートマトン

 セルオートマトンを構成するセルは、個人だけでなく他の要素も表現することができます。この本では興味深い例として、Axelrod(1995) の研究を挙げています。同盟や帝国のような政治主体が、それよりも小さな民族国家のような存在から、いかにして創発するのかという問題に取り組みました。Axelrod によると、歴史を通じて新しい帝国は中央当局がそれまでの独立国を支配し、集団的な行動をとる権利を主張することで形成されてきました。また多くの場合、そのような国家は、自らの支配を行使したり、独自に国であると認められる程度に、小さな部分に分割されています。18世紀に新しい主体として形成されたアメリカ合衆国は、構成している13州の上に連邦政府を設立したことで、他国に受け入れられました。今日ではEUが同じようなことを成し遂げようと奮闘しています。それに対して、ソ連は東欧とアジアの準独立国家を初めて併合したが、その後再び分裂してしまいました。ローマ帝国や中国王朝も同じような例として挙げることができます。
 
 これらの変化の本質的な特長は、それらが「内生」であること、つまり帝国や同盟の形成・解体が、外部による手引きなしに行われたということです。そして、全てではないですが、威圧の要素が含まれていました。以上が集合的な主体が形成されるプロセスであり、Axelrod のモデルが焦点を当てているものです。国同士の関係は「貢納」システムとしてモデル化されます。貢納システムでは、個々の主体は、「貢物を納めなければ戦争を起こす」という脅威によって、資産の支払いを要求することができます。強い主体が弱い主体から得た富は、さらにほかの主体から富を得るために用いられます。主体は他の主体と同盟を結んで力を強めることができます。
  
 このモデルのダイナミックスを単純化すると、主体は円周上に沿った1次元の世界に配置されます。全ての主体に、両隣に主体がいるということになります。主体はそれぞれ、すぐ隣にいる主体とだけ相互作用することができます。このモデルは1次元CAの構造ですが、以前の例よりも複雑なルールに従います。各時間ステップで、主体がランダムに選択されて、近傍のどちらかの主体に貢物を要求します。要求された主体は、貢物を送るか、抵抗して戦うかのどちらかによって双方とも資産を消耗します。それぞれの主体は、相手のもつ資産の4分の1を失います。したがって、多くの資産を持つ主体は、もたない主体に対してより強い打撃を与えることになります。これが、このCAの状態変化ルールになります。つまり、セルの状態は、所有する資産量で表され、各時間ステップにおいて資産量がどのように変化するかは、貢納ルールによって決められることになります。また、各時間ステップごとに、ある一定の資産が各セルに加えられるというルールもあります。
 
 主体の相互作用の副作用として、主体はお互いに「コミットメント」を発展させます。2主体間のコミットメントは、次の3種類の関係の結果として強化されます。貢物を送るときの「従属」、貢物を受け取るときの「保護」、2つの主体が同じ側に立って第三者と戦うときの「友好」です。これに対して、2主体が敵対して戦うと、コミットメントは弱まります。主体間のコミットメントは、貢物を送るか抵抗して戦うかの選択に影響を与えます。戦争になった場合、その主体に隣接している主体は、コミットメントが強い側に加担し、そのコミットメントの度合いに応じて資産を提供します。このようにして、隣接主体がお互いにコミットメントをもち、資産を蓄えるような同盟が形成されます。同盟が貢物を得ようとする対象は、その近傍の中の主体のどれかということになります。
 

 
 上図は、このシミュレーションを1000ステップ(年)実行した結果になります。上部のグラフは、各時間ステップにおける各主体の資産量を表しています。この歴史では、1000ステップの間に2,4,10番目の3主体がその資産を増やして、圧倒的な優位に立っています。9番目の主体は、最初は好調でしたが、400ステップ辺りから衰退していきました。主体がもつ資産量の初期分布や、各時間ステップの活動する主体の選択によって、それぞれの異なる歴史が生まれます。被害の大きい戦いが勃発した結果、最も裕福な主体でさえ、激しい資産崩壊に見舞われるというケースも、何度かおきました。図の下部は、1000ステップ実行した後の主体間のコミットメントのパターンを示しています。それぞれの四角の領域における黒い部分の大きさは、行と列の主体どうしのコミットメントの強さを示しています。2,4,10番目の裕福な3主体は、自分の周囲にいる主体とそれぞれ強固な同盟を形成していて、同盟内の各主体は、お互いに非常に強いコミットメントを結んでいることがわかります。
 
 このシミュレーションでは、複数の主体が相互作用するという単純なモデルにおいて、全ての主体が一体となって動くクラスターが創発することが観察されました。Axelrod は、50%以上の水準で互いにコミットメントをもつ隣接主体の集まりをクラスターと定義しています。このようなクラスターのメンバーは同じ振舞いをします。これは、このクラスターのメンバーが、決して最強のメンバーに戦いを挑んだり、クラスター内の弱いメンバーどうしで戦ったりしないことからもわかります。さらに、弱いメンバーは、外部の主体に対しても、戦いを挑むことは稀であって、ただそのような行動に出たときには、最強の主体がその戦いに駆り出されることになり、ときにはクラスターの崩壊につながることもあります。クラスターでは、モデル上の強者が弱者を守っているかのように見えます。そしてそれ以外の主体は、戦争を仕掛けようとするときに、クラスター全体の総資産を考慮していると見ることができます。このことは、アメリカ合衆国が単なる州の集合ではなく、1つの政治主体であるのと同じように、クラスターを事実上の新しい主体とみなすことができることを示唆しています。
 
 シミュレーションの価値は、シミュレーション上の主体と現実の国家の一致度で決まるわけではない、と Axelrod は述べています。実際、彼のモデルでは、シミュレーションを実行するたびに、異なる順番で出来事が発生し、異なるクラスターが形成されるという特徴があり、クラスターが実際に起きた政治発展の歴史を再現するようなモデルをつくることは難しいのです。モデルの価値は、政治学者が探求したいと思うような新しい問題を明確化し、規定していくという点にあります。「新しい主体が創発するための必要最低限の条件とは何か」、「その創発を促進させる要因は何か」、「基本となる主体の数がそのダイナミックスにどのように影響するのか」、「集合的な主体を崩壊させる要因は何か」など、以前では考えることができなかった問題を提起し、現実世界における類似の問題について考えるための新しい方法となるのです。
 
 これまで見てきたような基本的なセルオートマトンは、色々な方法で拡張することができます。第一に、主体がグリッド上を移動できるようにする、という拡張が考えられます。これまでは、主体が「1セルに1主体」というような形で、特定の場所に固定されていたのに対して、この拡張では、主体とその主体がたまたま配置されたセルとを区別することになります。その結果、複数の主体が、1つのセル上に存在する可能性などを考慮にいれる必要がでてきます。第二の拡張は、近傍以外の主体からも影響をうけることができる、というものです。このようなモデルでは、モデル上の全ての主体の状態を集計したものや、その一定割合に依存して主体の状態が変化します。これまで見てきたモデルでは、主体が「記憶」をもっていませんでしたが、第三の拡張として、主体が状態の情報を記憶し、その主体の近傍の状態と自分自身の状態変化の履歴に基づいて次の状態を計算する、ということも考えられます。
 
次回は、以上のような拡張を行っているモデルを取り上げたいと思います。
 

 

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