【文献】林業と環境-第1章 森林利用の段階

序説 林業政策の概念、内容、意義
 ハーゼルさんは冒頭に林業政策の意味を述べます。

     林業政策は2つの顔がある。学問としては林業学の一部であり、森林と人類社会の場所的、時間的、経営ごとに変化する多様な関係、森林と林業の経済的、国土保全的、国民の保健的課題の検討並びに森林所有者にこれらの課題の達成を可能にさせるための国家ないしはそれに準ずる機関の作用に関して考究することである。また一方で、林業政策的目的概念と秩序づけ概念を現実に移すことを課題としているような国家の機関あるいは国家によって委任された機関の実践的活動でもある。林業政策は、森林と林業に課された課題が持続的に理想的な形で達成されるように絶えず配慮を行うことであるということもできる。この学問と実践の両側面は学問的認識の上に林業政策的活動が構築されるということにおいて、互いに密接な関係を保っている。

この学問と実践の両側面は学問的認識の上に林業政策的活動が構築されるということにおいて、お互いに密接な関係を保っています。
 林業政策の本質に精通しようとするならば、「政策(Politik)」の概念をつまびらかにしておく必要があります。政策というのは、単に国民の特定層や特定集団のためでなく、人類社会の一般的な発展と福祉を指導目標とする活動を包括しています。この意味においては、政策は共同社会の管理を課題として、公共の福祉の実現ならびに国民個々人、その集団、全国民共同体の生存に対する配慮を目的としているような国家的機関または国家から委任された機関の活動であると理解されるでしょう。
 林業政策は林業学の1部門です。林業政策的問題の学問的な取り扱いは、森林の生態、林業の特色、林業経営の多様な形態に精通していることが前提とされるので、林業学の教育を受けた人だけ独特の領域なのです。林業政策的問題の研究は林業経営と林業行政のあらゆる分野にわたる詳細な実務経験を前提としていて、現実から離れた理論化や一方的な法律論になることは避けなければなりません。
 林業政策は中央官庁の活動や内閣次元で重要な役割を演じます。内閣や中央官庁で林業政策の基準線が作られて、それを基礎にして下級官庁が活動します。過去に北ドイツでは、国家的な森林行政が国有林だけに関心を示し、国有林を外部からの干渉と影響から守ることだけを試みて、私有林にはほとんど関係しなかったということがあったり、森林の国土保全的使命と国民保険的使命があまり重要視されていなかったりしました。これに反し南ドイツでは、森林所有の分化と森林行政の市町村有林や私有林に対する活動が相当古くから行われいたので、林業政策問題の論議を非常に促進して、林業政策の学問が形成されました。
 実践的活動としての林業政策は「政策とはあらゆる変化する要素のなかで最も合目的なことで最も損害の少ないことを行う能力である」とビスマルクは言いました。林業政策の目指すところは、政策的な行為をする人々に判断の基礎と実行手段を提供して、政策行為を受け入れ得る社会的素地を作ることです。
 林業政策も所詮は、一国を支配している政治的、経済的、社会的な見解と状況の産物です。したがって林業政策的な理解、処置、目的も時代の変遷につれて変容してきたし、国や地方によっても全く異なっています。つまり、林業政策論には、場所的、地域的な特色の解明、歴史的な関係の明確化、現象と処置に関する歴史的条件の解明等が非常に重要になります。私たちは、なぜ林業政策的措置がある時期とある特定地域では林業の発展のを促し、また促さなかったのか、なぜ同じ州内であるにもかかわらず同じ課題について異なった林政的規制が地域的に並列的に成立したのか、なぜ重要な課題が未解決にされてきたのか、を知らなければなりません。
 林業政策は将来を指向し、社会と経済の変化を先取りして対応しなければいけません。しかし、林業家は自らの行動の限界も知っていなければなりません。その限界は森林の位置する自然環境や、森林所有者自身の経済力と経営目的によって示され、また政治的与件によっても規制されます。限界は林業政策の願望が公共のより切実で重要な願望と矛盾するような時には林業政策そのものにも課せられます。木を見て山を見ないといったあまりにも狭量な考え方は慎まなければなりません。数十年からときには百年以上にも及ぶ森林の生産過程がほかの産業にはわからないようないろいろな問題を伴います。林業では行為の実行・不実行の成功・不成功は長い時間の経過の後にはじめて明らかになるのであり、短期間にはわかりません。
 林業は一般社会に向かって門戸を開き、公開の場での質疑に応ずる姿勢を示さなければならないし、林業政策学者も自己の専門分野に傾倒するばかりではなく、森林および林業に携わる人々を広く林業政策問題に精通させるよう努めなければなりません。この課題の達成を本書に託したいと思います。
   
第1章 森林利用の段階
 森林の利用は必然的な段階をふみながら展開してきました。国や地域による森林利用形態の違いは、まさに発展段階の表現であって、先進後進の差はありますが、全て同じ方向を指した発展過程の途上に位置づけされます。現在の地球上にはかつてドイツに存在していた森林の利用形態が見ることができます。私たちは今もそしてこれからも、いろんな形の森林が利用されていくのを見ることになるでしょう。
 太古の昔、ドイツ辺りには大森林があって、そこは人類の食糧採取と狩猟の場でした。旧石器時代後期には、森林は優先的に狩猟地として利用されました。新石器時代は、定住するようになった人類が耕作や牧畜に移行してからは、狩猟は次第に紳士の特権になっていきました。森林と人類の間の関係がもう一歩進むと、農業による森林の利用が行われます。森林の多い地帯では数百年間、森林の利用と農業の間に非常に密接な関係が成立します。まだ発展していなかった農業は、農業自体の存続と食糧生産のために森林の利用が必要でした。19世紀になってやっと近代的農業の形成によって古い森林利用形態は終わり、いまや林業は独立し、工業時代の用材生産の課題に専心することができるようになりました。
 牛の林内放牧は、森林の衰退をもたらします。アルプス地方やシュバルツバルトで部分的に何百mも森林限界を引き下げました。現代的農業のジャガイモの栽培と、舎飼いが転換期をもたらして、林内放牧は無用になりました。19世紀には山岳地帯周辺に限られるようになります。これは現代農業の展開と、地方における社会的状態の根本的な改善が、森林を林内放牧から解放したということです。と同時に、森林と放牧地を分離する原則が、農業と林業に有利であることがわかりました。
 ドイツでは林内放牧は行われなくなりましたが、その代わりに落葉採取が開始されました。これは、当時の舎飼いで農業経営では供給できないほどたくさんの敷き藁を必要としました。そこで広葉樹の落葉を家畜小屋で使うようになりました。1750年以来、落葉採取は特に広葉樹地帯と住居に近い森林で、想像を絶する規模で行われました。森林内の落葉採取は、重要な養分を取り去り、土壌の構造と性質を悪化させて天然更新を不可能にし、あるいは材木の成長と健康に大きな害を及ぼします。ドイツにおいて、19世紀から今日まで持続されている広葉樹から針葉樹への大規模な林種転換の最初の動機は林内放牧と落葉採取の帰結に見出されます。地力に対する要求の少ない針葉樹(トウヒとマツ)に移行するほかに仕方がなかったのです。しかし、荒廃した広葉樹林のかわりに現れた針葉樹林は、広葉樹よりも暴風雨、雪、昆虫、その他の数多くの被害にはるかに弱いのです。したがって針葉樹への森林のやむを得ない転換と成長量の増加は、経営安定性の減少に結びつくのです。
 その他の森林利用の重要な段階の一つに、森林の開墾があります。すでに新石器時代には、大規模な開墾が実行されていました。その後も森林は人口の増加、居住地の拡大、食糧需要の増大につれて開墾されます。ドイツにおいては中世時代に最高に達して、三百年の間に今日私たちが目にするような景観の森林と農地の分布になりました。しかし中世時代の終わりには、すでに森林を維持する努力が行われていました。それは森林がいかに大切であるかが認められてきたからです。森林開墾はその後、領主や地主の許可がなければできなくなります。以来、農地と林地の分布はだいたい固定されています。このようにして、最高時に70~80%であったドイツの森林率が、現在29%(2010年は約31%)に減少しています。
 材木その他の林産物の利用の開始は占取を形造り、必要な樹種の木材が運財の便の良い場所で単木的に収穫されました。占取(Okkupation)とは、法律用語で無主物を占取することを意味します。占取は目立たない程度に森林を侵害していき、人口増加と需要増大とともその干渉は強まります。官憲の監督がないとついには森林の荒廃をきたします。官憲による森林収穫の秩序付けと監督はドイツでは比較的早く行われました。無規制な占取の後に続いて「伐採規制」が行われました。
 林業への道の発展段階のうち、林業の直前の段階で掠奪が行われます。掠奪(Exploitation)とは、一定の商業または工業への供給を目的とした森林への大面積の侵害または保続性を無視して金銭的利益を得るために行う森林への大面積の侵害のことです。ドイツではそれは初期資本主義時代からありました。重商主義の時代にガラス工場、製塩場、鉱山、製鉄所への供給のために行われた林木収穫は多分に掠奪の性質を持っていました。18世紀に山岳地帯の湖や小川を筏流しに利用するようになると広い地域にわたって大面積の森林荒廃が起こり、大規模の皆伐も行われました。18世紀後半から19世紀の初期にドイツでは林業への移行が行われました。数百年間森林に依存していた工業は、石炭の採掘ととも森林から独立していきます。いまや発展した交通は木材の陸上輸送と長距離輸送を可能にしました。そうこうするうちに台頭した工業化は林業の生産目的を全面的に用材に移行させていきました。
 ハーゼルさんは林業の概念を次のように定義しました。 ”林業は、森林という植生形態のなかに存在している自然力と物質が、専門的知識に基づいて、収穫と保育に意を用いた計画的で保続的な経済的活動の対象になるところに存在している。” この定義は、原材料機能と所得機能が林業の第一義的な課題であり、そして森林の保全機能(気象、空気、洪水調節、水源涵養、土壌維持、地力などに与える森林の有利な影響)は、保育された経済林で最適に果たされるので、保全機能に特別な考慮を払うことは一般に不必要であるという19世紀に確立した理念に基づいています。また、 ”木材危機に対する配慮が専門知識的、計画的、保続的な林業の理念を成立させ、現在のための収穫とともに将来の世代の収穫も考慮しなければならないという信念によって森林の利用が実施されたときに林業(Forstwirtschaft)という。将来の世代の需要充足も完全に確保されるような範囲においてだけ森林の収穫は行われるべきであると理解されている。” と記しています。
 林業とは、森林の多様な課題を保続的に最適に実現することです。材木生産と公共へのサービス提供という林業の二重機能が工業時代の林業の指導理念を形造ります。それは政策と経済における林業の立場を規定し、総体の経済の中で林業独特の立場を基礎づけています。社会に対する森林所有者の立場も影響を受けます。森林所有者は他の土地所有者よりも強く社会に対する義務を負わされています。しかし、社会的利益の観点からも森林所有者の利益の観点からも森林の保続性は最も大切なことです。
 林業は保続性という本質的な特徴を常に伴っています。保続性の概念は時代の経過にしたがって数多くの解釈が行われ、林木生産、林木収穫、林種収穫、貨幣収益に関係づけられました。しかし、これらの解釈は林木生産経営だけを対象としていて、森林の公益的機能を正当に取り扱っていません。私たちは「現在生きている世代が与えられているのと同じ効用を子孫が森林から抽き出すことができるように」計画することを要求した Georg Ludwig Hartig にさかのぼらなければならない。
 保続的林業経営の要求は林業以外の産業部門にはない特色です。それは林業の生産期間が農業や工業のように、数日、数週間、数ヶ月といった期間ではなくて、数十年あるいは百年以上にもわたっていることに関連しています。森林所有者はその前の世代が働き、保育し、節約したものだけを森林からの収穫として手に入れます。林業のように過去、現在、未来が密接に結ばれている産業部門は他にありません。林業は世代を結びつけるのです。
 林業は森林所有者に農業や工業とは比較するものがないような精神的な態度を要求します。この将来のための思考と活動は特殊なものであって、林業以外のあらゆる種類の人類の活動に対比して林業を特徴づけ、区別します。林業のこのような道徳的思考を特徴付けるために森林家精神(Waldgesinnung)という言葉が使われます。森林家精神とは、森林に対する森林所有者や国民の内面的態度、公共と子孫の利益の維持のために犠牲と制約を自己に課す義務の感情をいいます。一国の森林立法はそこに支配的に行われている森林家精神、つまり、公共のために犠牲を引き受け、あるいは指令する準備の反映です。
 

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